▼ ▼ ▼

「あ」
『えっ』


ああもうどうしたらいいんですかね神様。
いやそんなわざとなわけがないんです。私はいつもこの時間になれば委員会の仕事によりここにいるわけで。まさかあんな角から人が来るとは思っていなかったわけで。それがあろうことか、わが美化委員会の委員長である幸村先輩だっただなんて知るよしもなかったわけで。


『だからホントに無実なんですううううわああああ!』
「うるさいよ梓月さん」
『すいませんでした』


委員会の仕事で花壇の水やりを任じられた私は、いつもどおり花壇に備え付けてあるホースで水をやってる最中だった。するとどうだろう、時々様子を見に来る幸村先輩がいきなり目の前に現れて驚いたのはもちろん、それ故に手元が滑って思いっきり幸村先輩にホースを向けてしまった。水も滴るいい男と言えば聞こえがいいけれど、全身びしょぬれでうっすらとシャツから肌の色が透けている。あああああもう今ならこのぬかるんだ土の上で土下座しろと言われても全然できる気がする。


「しなよ」
『えっ』
「土下座、ここでしてくれるんだろう?」
『ひっ』
「っていうのはもちろん冗談だよ」


女の子にそんなことさせるわけないじゃない、なんて言ってにこにこ笑ってらっしゃるが、目が笑っていない。全然笑ってない。めっちゃ怖い。絶対本気だったよね?それは本気だったという目だよね!?


『とにかく本当にすみませんでした』


深々と頭を下げて謝る。人間本気で本心から謝れば、誰しも許してくれるはず。そう思ったけれど、幸村先輩の視線が泣きたくなるほどに頭に突き刺さる。あまりの恐ろしさに顔もあげられないでいると、急にガッと頭をつかまれた。ええっ痛い!先輩、私の頭ボールじゃないよ!


「て?」
『はい?』
「ふいて?」
『何を?』
「やだなぁ、俺に決まってるじゃない」
『へ?』


おいでと言われるがままに、ぐいぐいと手をひかれて来たのは何故か男子テニス部部室。
中に入れば意外ときれいに片づけられていた。でもやっぱり時間帯的にも誰もいない。自分の鞄をがさごそと探っていた幸村先輩は、急に私を振り返ってはい、と何かを渡してきた。反射的に受け取れば私の手の中に綺麗に畳まれたタオルがある。
意味が分からず幸村先輩を見上げれば、いつの間にか縮められた距離で無駄に色っぽい目で見つめられた。えっえ何これ?


「ね?責任とってくれなきゃ」
『えっえええっ!?』
「あー濡れて気持ち悪いなぁ」
『いや、だったらあの、ユニフォームとかにでも着替えればいいじゃないですかっ』
「ん?着替えさせてくれるの?」
「ち、違っ」


俺が濡れたのは君のせいでしょ?なんてにこにこしながら私の両手を自分の方に持っていこうとする。いやいやいやいやあの美人で人気者な先輩の肌に触れる?冗談じゃない。しかも私が先輩の服を脱がせる?そんなことをしたら全校女子の敵、もう蜂の巣に突進していくのと同じだ。うわ、自分で想像して怖かった。


「なぁんて、冗談だよ」
『へ』
「ぶはっ!何その顔!やっぱ面白いよね梓月さん!」
『えっえ!?』
「あはははっもう傑作!」


いきなりお腹を抱えて大爆笑し始めた幸村先輩に、目が点になっていれば、さらにふきだされた。いやいやいやいや!えっ!?何!?じゃあ、からかっていただけ!?なんだそれ……脱力。変な心配をした私がバカだった。もしかして私に気があるのかもーだなんて、とんでもないこと考えて自惚れて。ちょっとだけドキドキしてたなんて。あー恥ずかしい。幸村先輩の顔なんて見られない。


「まぁ、半分は本気だったけどね」


ぐったりと項垂れた私の上から、そんな一言が聞こえて、私はますます顔があげられなくなったっていう話です。


(くしゅん)
(って、早く着替えてください!)
(だから君が着替えさせてくれるんだろう?)
(ゆ、幸村先輩!)
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