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『跡部さん』
私は目の前に立つ男を見上げて、その男の名前を呼ぶ。
跡部景吾、この学園の全生徒の信頼を得る男だ。
振り返った跡部さんは、私の顔を見ると即座に鼻で笑ってきやがった。まったくもって失礼な男だ。
「なんだまたお前か」
『なにかご不満でも?』
「そうだな、まずその他人行儀な呼び方をやめろ」
『この書類目を通してほしいんですけど、跡部さん』
じっと私を見つめて、跡部さんは静かに私の手の中にある書類を受け取った。
今度の会議で使う資料だ。
一通り見た跡部さんは何も言わずにその書類を私に戻した。
これは不備無しの合図。なんともわかりにくい。でもそれも約3年の付き合いでもう慣れてしまった。
『それじゃあ、私はこれで』
「……待て」
さっさとこの場から出ていきたかった私はドアノブに手をかけようとしたが、その手にはいつの間にか跡部さんの手が添えられていた。
驚いて手を引っ込めようとしても、その手はしっかりと握られてしまっている。
『何』
「梓月」
『だから何です?』
「なんでお前は俺様を避ける?」
『……何ですかそれ何を根拠に』
「根拠?そんなものお前が一番わかっているんじゃねぇのか?」
顎を持ち上げられ、嫌でも目線を外せない。
思いっきりにらみつければ、また鼻で笑った。
「その顔、俺様意外に向けんじゃねーぞ」
『安心して、あなただけにしかこんな顔しないから』
「上等」
喉の奥で笑った跡部さんは満足そうに部屋から出ていく。
これだから、私は。
あり得もしないことを期待して、一人胸を痛めるのである。