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「ほう?」
『……』
「私に意見するとはいい度胸ですね」


ああ、もうホント怖い。眼鏡が光ってますよ先輩、目そらしちゃだめですか先輩。
思いっきり見下され、なおかつ、その目は蔑みの色を放っている。


「その様子ですと、どうやら自覚がないようですね」


じりじりと柳生先輩に追い詰められ、背中に冷たい壁の感触がした。どうやら私に逃げ場はないようだ。ぴったりとひっついた制服のシャツが気持ち悪い。


「さぁ、ほら、はやく来なさい」
『え、ええっ、ホントそればっかりはっ』
「私の家のほうが近いんです、大人しく来なさい」
『で、でもお家の人に』
「仕事に行っていて今はいませんから」
『いや、でも、』
「意見しない!」


腕をつかまれて、ぐいぐいと引っ張られ、あきれているのか、怒っているのか、まったく分からない横顔を見つめながら、早足で歩く。


「……あんなところで何していたんですか」


小さいため息を漏らした柳生先輩は、歩きながら私の方をちらりと見て言った。へらっと誤魔化すように笑えば、思いっきり頬をつねられた。痛い。


「土砂降りなのに傘もささず、さらに言えば、水かさの増した川の中に入るなんて非常識にもほどがある」
『ごめんなさい』
「死にたいんですか」
『……』


口を固く閉じれば、それ以上柳生先輩は何も言ってこなかった。ああ、身体をつたう冷たい雨水が気持ち悪い。でもどうせならそのまま、その冷たさに身を預けていたかった。あたたかさになんて触れたくなかった。絶対にそのあたたかさに甘えてしまうのがわかっていたから。


「とりあえず、シャワーあびてきてください」
『え、でも』
「あなたに拒否権なんてありません、さあ、はやく」
『……はい』


言われるがままにお風呂場に押し込まれ、シャワーを浴びた。あがればそこには柳生先輩のらしき服が綺麗に畳んでおいてあった。どうやらこれを着ろということらしい。


「どうですか?少し身体はあたたまりましたか?」


脱衣所から出れば、柳生先輩が私にホットミルクを差し出した。喉をくだっていくあたたかい液体に、思わず、ほっと息をつく。それと同時に今まで我慢していた涙が出てきてしまう。驚いた様子もなく、柳生先輩は椅子に座るように促し、私の背中をそっと撫でてくれた。


「……どうしてあんなことをしたんですか」
『……』
「言えないようなことですか」
『ただの、失恋です……呆れちゃいますよね』
「……」
『ですよね』
「誰が呆れたなんて言いましたか。それほど真剣だったんでしょう?そのあなたの想いを笑う人なんていません。少なくとも私は笑ってなどやりません」
『せん、ぱい……』


引き寄せられ、そのまま背中に手をまわされた。
柳生先輩の腕の中はとてもあたたかった。シャワーよりも、柳生先輩がいれてくれたホットミルクよりも、そして、いまだ忘れられないぬくもりよりもあたたかくて、そのあたたかさがつらい。
私はもう忘れてしまってもいいのだろうか。あたたかいものだけを求めて、逃げていることになるんじゃないのだろうか。そう思ってしまえばなんだか怖くて、あのぬくもりを忘れないまま死んでしまえば、いいんじゃないかって本気で考えてしまった。
ねぇ、バカでしょう?でもきっとそんなことを言えば、柳生先輩は笑うどころか真面目な顔でバカなわけがないなんて言ってきそうだ。
私はいつだってあなたを受けとめるつもりです、とあたたかな息を伴ってささやかれてしまえば、また死にたくなるのかもしれないと、なんだか怖くなった。
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