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『先輩』


息を吐き出すように口から自然と滑り落ちた声に、少しだけ目を見開いた先輩は、けれどもその声の主を見た途端目を伏せてしまった。そのまま私の横を通り抜けようとする先輩のシャツをそっと握った。先輩のしわのないシャツは私のせいで、くしゃりと歪んでしまう。
先輩は優しいから。だから無理やり引きはがすようなことはしない。


『幸村先輩』


再度呟けば、観念したように先輩はこちらを向いてくれた。笑顔だけれど、その笑顔はどこかさみしさを感じさせる。


「こんなところでどうしたんだい」


知ってるくせに。先輩は気づいていたくせに。それでも知らないふりをしてくれる先輩はどこまでも優しい。そして、その優しさゆえに私はよりいっそう苦しめられるのである。


『告白、したんですか』


先輩の言葉には答えずに私は問いかけた。何かを飲み込むようなしぐさをして、先輩は笑った。何もかも諦めたように、先輩は笑った。
だめだったよ、なんてそんなのとっくの昔っからわかっていたくせに。


『先輩』


笑わないで、なんて言ったらどんな表情ができるだろう。先輩の無理やりな笑みを見ていると苦しくて苦しくてしょうがなくなってくるなんて絶対に言えないけれど、きっと私がそうなることをわかってやっているんだ。


『泣いても、いいんですよ』


その言葉に目を伏せた先輩は私の肩に顔をうずめた。唇をかみしめて嗚咽がもれないようにしている先輩の背中に腕をまわす。そしてゆっくりさすると、私の肩口がじんわりとしめったのがわかった。


「君の優しさは苦しい」


私もですよ。
なんて答えることなんてできないことをわかっていて先輩は言うのだから、私は苦しいをとおりこして痛めつけられていると思う。傷のなめ合いなんて生ぬるいもんじゃない。これはもう傷の抉り合いだ。


『先輩』


言ってしまいたくなる衝動を、奪い去ってしまいたくなる衝動を。ああ、苦しい、苦しい。先輩の息遣いが、先輩のぬくもりが、先輩の存在が、苦しい。私はいったいいつこの関係から逃れられるのだろう。そう思いつつ、この瞬間が永遠に続けばいいと思ってしまう私にはもう一生幸せなんてふってこないんでしょうね、きっと。
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