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「星を見に行かないか」


そう言われたのは学校で、彼が部活に行く前のことだった。
こんな寒い時期に星を見に行くなんて。
彼の病み上がりの体の心配もあるし、あまり気が進まなかったけれど、彼があまりにも真剣な表情をしていたから、私はただうなずくしかできなかった。まぁきっと、彼になんと言おうとも絶対に連れて行かれることになるとは思っていたけれど。


「今夜迎えに行く。あたたかい恰好をして待ってなよ」


それはこっちのセリフ。
なんて言葉も言えずに、彼は私に背を向けた。病院でいつも見ていた小さな背中とは違う、大きな大きな背中に少しだけ泣きそうになりながら、私も彼に背を向けて帰路についた。
それからどれくらい経ったのだろう。いつの間にか勉強をしながら寝ていたらしく、寒さで目が覚めたら部屋の中は真っ暗だった。でも、何かがおかしい。勉強するために机の電気をつけていたのに消されているのだ。首をひねりながら、私は電気を付けようとスイッチに手を伸ばした。


「付けないで」


ふいに後ろから聞こえた声に驚いて振り向けば、窓の近くに足をかかえて座り込んだ彼がいた。
なんで、どうして彼がここに。
窓は開けはなされていて、冷たい風が入り込んでくる。月明かりに照らされた彼はジャージで、部活帰りにここに来たようだ。


「今日は月が明るくてきれいだね」


寒そうに身を縮めた彼に近づいてブランケットをかけて、私も彼の隣に腰を下ろす。その背中はあのころのように小さい。彼が見上げる月は確かに明るくて大きくてきれいな満月だった。


「でも、だからこそ星が見えない」


目をつむった彼は震えているように見えた。寒さではなく、それは恐怖におびえているように。


「ねぇ、梓月、俺は頑張ったよね?」


うん、頑張った。頑張ったからまたこうして一緒にいられるんじゃない。私の肩に頭を置いた彼は苦しそうに笑っている。
あなたはちゃんと帰ってきた。みんなもあなたを待っていた。あなたは確かにここにいる。


「俺がいない間に立海はさらに強くなった。それは単純に嬉しい。でも、そんな中に俺がいてもいいのかわからなくなる」


みんながこの月だったら、俺はその輝きに隠される星だね。
彼が星を見に行こう、と言ったのは、彼が自身の存在を確かめるためだったのだと気づいて、少しだけこのきれいな月が恨めしく思えた。だけど、彼がいたからこそ眩しいほどに輝けたのだと思うと、なんとも複雑な気持ちになる。隣で嗚咽をもらす彼の顔をどうしても見ることができなくて、私はただただ目をつむって、眩しい月の光をも閉ざした。
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