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先輩が卒業する。
そんなことを考えたこともなかった。今手にした卒業式についてのプリントを見て、私は愕然としてしまった。平古場先輩が卒業してしまう。この学校からいなくなってしまう。そう考えるといてもたってもいられなくて、HR前に教室を飛び出した。向かう先はもちろん学校の屋上で、立てつけの悪いドアを思いっきり開けた。


『風紀委員がさぼりですか』


息切れしているのを隠しながら、いつものように平静を装って私はドアを後ろ手に閉める。フェンスに体を預けて空を見ていた先輩はゆっくりゆっくり私に顔を向けたが、またお前かと言わんばかりの顔をして肩をすくめた後、すぐにまた空を見上げた。そんな先輩の傍に来ると、いつものことやっしと先輩は呟く。確かに、先輩がこの時間ここにいるのも、私がここに来るのもいつものことだった。かれこれ先輩と出会って2年間ずっと。


「梓月と最初に会ったのは風紀委員会の顔合わせやったやしが、それからずっと梓月の顔見てた気がするさぁ」
『それはこちらのセリフですよ』
「でもそれも今日で最後だばぁよ」


さみしいですか、と聞いたら、先輩はせいせいすると言って笑う。つれない人、私はさみしいのに。2年間どれだけの時間を先輩に費やしてきたか。友達との時間も家族との時間もなにもかも犠牲にしてきたのに、平古場先輩がいなくなったら、もう私には何も残されない。からっぽの毎日が始まってしまう。急に黙り込んだ私を不思議に思ったのかこちらを再び見た先輩はぎょっとした顔をした。どうしたんだろうと思っていると、平古場先輩の日焼けした手のひらが私の顔に伸びてきて、目元にぐいっと親指をおしつけられた。


「あい?やーぬーで泣いてるやっし」
『泣いてません』
「泣いてるやさに……」
『泣いてねーらん』
「梓月はでーじなちぶさーやんどー!」


おどけた調子で笑わそうとしてるのかもしれない。それでも笑うことはできなくて、いつの間にか流していた涙はどんどんあふれ出てくる。いやだ。今日で最後なんて絶対に嫌だ。


「ん」
『なん、ですか』
「これ、ここぬ鍵よ!」
『鍵?』
「これ、梓月が持っとけー」


意味がわからない。先輩のいない屋上なんて私にとって価値のないものなのに。無理矢理広がされた手のひらの上にさびれた小さな鍵が乗せられ、握らされる。


「次会う時までちゃんと持っておかねーと許さねーらん」
『次っていつなんですか』
「次は、次だばぁよ」
『嫌だ、そんな曖昧なの嫌です』
「梓月……」
『次ってぬーやが?待てない。毎日がいい。いつもみたいに毎日先輩と会いたい』
「……梓月はよくばりさぁ」


わかったわかった、そう眉を下げながら笑った先輩は、私の頭を軽く叩いた後、その手を頬に滑らせた。先輩の手はあたたかくて、優しくて、思わず自分の手を先輩の手に添えた。縋ってしまう。やっぱり私には先輩がいないとダメだと思い知らされる。


「わんが甘いのは梓月だけやっし」


もう悲し涙なのか嬉し涙なのかわからなくなって、ぐしゃぐしゃの顔で先輩を見上げれば若干引き気味だったけれど、それでもなんとなく嬉しそうに笑っているような気がした。
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