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「もうすぐ春ですね」


着替え終えて部室の窓を開けたちょうたろうが、おもむろにそう言った。冷たい風が部室の中を一巡りする。


『いきなりどうしたの、ちょうたろう』
「いや、そういう歌詞があったな、と」
『そういえば……確かにもうすぐ春だね』


書いていた部誌を閉じて、私はちょうたろうの背中に顔を向けた。ちょうたろうの向こう側にはあたたかな陽だまりが見える。風は冷たくても視覚的にはもう春が来てもおかしくはない。


「今はまだ寒いですけど、あたたかくなったらどこかへ出かけませんか?」


ゆっくり振り返ったちょうたろうは、私にそう言った。それはいい考えだ、と私は笑うと、ちょうたろうは嬉しそうにうなずく。


「そうだなぁ……梓月先輩はどこか行きたいところありますか?」
『うーん……そうだなぁ、あそこの広い公園とか……あっ、山登りとかは?』
「どこかの部長さんみたいですね」
『あ、ホントだ』
「あの公園なら、テニスもできますし、散歩ついでに一緒にやりましょうか?」
『お、いいね!ちゃんと指導してね?』
「わかってますよ。俺が手取り足取り骨の髄まで」
『はいはい』
「ちゃんと聞いてください!」


頬を膨らませたちょうたろうに近づいて、彼の頬をぺちりと叩いて二人同時に噴き出した。そしてそのまま窓に寄って外を眺める。賑やかに笑う声は、向日とジローくんか。ボールを打つ音が聞こえてくるところをみると、跡部あたりがまだ練習をしているのだろう。


『そうだなぁ、まぁ、みんなと行くならどこでだって楽しいしね』
「あ、いえ……」


少し困った表情で私を見てきたちょうたろうは口をもごもごとさせた。私が何か変なことを言ったのだろうか。


『どうしたの、ちょうたろう』
「あの、みんなではなく、二人でっていう話だったんですが」
『あっ』
「いや、あの、でも、梓月先輩がみんなと一緒の方が楽しいというなら別にそれでも」
『二人でいい!』
「えっ」
『二人でいいって言ったの』
「……」
『何その顔』
「いえ……うれしいです」


口元を隠したちょうたろうは、視線を私からわざと逸らし、遠くを眺めた。私も彼から視線を逸らして遠くを見つめる。桜の木には小さな蕾がたくさんついていて今か今かと待っている。


『……待ち遠しいね、春』
「はい、とっても」

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