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目の前にいる男を見上げたら、誘ってる?って聞かれたから私はやっぱり潔くこの男を理解することを諦めようと思うのです。

きゃあきゃあ黄色い声に囲まれて、それに笑顔で答えながら私の教室へとやってきた不二は、私の前まで来るとするりと頬を撫でた。不二はざわりとざわつく教室に本当に何とも思っていないようで、その手を払いのけながら複雑な表情をした私の顔を見て誘ってるのかとか聞いてきたから、こいつとはもう絶対に通じ合えない。


「どうしたのてん?」
『なんでもない』
「そう?」
『っていうか何の用?』
「用がなきゃ来たらいけない決まりでもあったかな?」
『……そんなものないけど』


会いたかったから来ただけだよ、なんてくそ甘ったるい台詞に私は胸やけがしそうだ。放課後のケーキ食べ放題キャンセルしよう、なんて考えながら100%ジュースをごくりと飲んだ。


「甘いもの、相変わらず好きだね」
『それが何?』
「いや……刺激足りないんじゃないかなって思って」
『……何それ』
「最近御無沙汰なんじゃない?」
『は……不二には関係ないし、余計なお世話』


携帯を開くと、そこには一通のメール。なぁんだ。私が言わなくてもどっちみち放課後はキャンセルじゃない。机の上に静かに置かれた写真を一瞥して、私は不二に向き直った。相変わらず不二は、静かに微笑んでいる。


「見ないの?写真」
『別に。知ってることだし』
「とっておきのスクープ写真だと思ったのに。君の彼氏の浮気現場」
『……悪趣味』
「てんには要らなかったね」
『うん、要らないから、不二も失せて?』
「嫌って言ったら?」
『私が出てく』


そう言って私は不二に背を向けたはずなのに、何故だか目の前には彼の胸があった。周りから小さな悲鳴が聞こえてきて、私はうんざりと顔をして恨み言の一つや二つ言いたかったけれど、できなかった。泣いてもいいんだよ、と言う声が私だけに聞こえるように不二は私の耳元で呟く。私の目からは大粒の涙が出て来て息もできなくて、ただただ、私の背中をさすってくれる暖かい手のひらの感触と不二の鼓動が憎らしいほど優しい。


「いい加減僕にしたらどうかな?」
『無理』
「……手厳しいね」


相変わらず微笑んでるのも気にくわないし、こんなやつの胸を借りるのもいけ好かないけれど。今だけは、この胸やけしそうな甘ったるい優しさに浸っていたい。そう思ってしまった。
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