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久々に見た顔は、あまりにも変わりすぎているようで、でもどこかやっぱり面影は残っている。

中学校を卒業してから5年、成人の日を迎えた私は、早朝から準備して着飾り、式へと赴いた。華やかな振袖に、落ち着いたスーツ姿、にぎやかに行きかう人たちを眺めながら、落ち着きなく息を吸ったり吐いたりする。その度に白い水蒸気となって立ち上る息が淋しく揺れた。

今年の成人式は雨だ。
雨に愛された私たちは、小中学校、高校に渡って入学式も卒業式も太陽に恵まれたことがない。びしょぬれの地面に、まだ足りないと言わんばかりの雨が天から降ってきて、いくつもの水たまりを作っている。それをぼんやりと見ながら歩いていたら、どうやら人にぶつかってしまったらしい。バランスを崩して、ぐらり傾いた体を支えるものもなく、重力に従って地面へと落ちていくのがスローモーションのようだった。


「あぶない!」


風がふんわりとふいて、いつの間にか私の体はあたたかいものに包まれていた。細いのに、どこからそんな力があるんだろう、という程の力でしっかりと私を抱きとめていた彼の顔を見上げて、でも誰かわからなくて、私は唇を少し噛んだ。
面影は、ある。


「ちゃんと前見て歩かんと地面にこんにちはやで?」
『えっと、ごめんなさい』
「っていうか、てんやろ?めっちゃ懐かしいやん!」
『あ……えっと』


思い出せない。この赤い髪色に、屈託のない笑み、子供っぽい物言い。確かに私は彼を知っているのに、名前がどうしても出てこなくて、何故だか泣きたくなった。


「あれ……憶えてないん?ワイやでワイ」
『本当に、ごめんなさい……』


えーうそやーなんて言って眉を下げて、彼は自分の髪の毛をひっぱった。どうしてだろう。どうして彼の名前が出てこないんだろう。わからない。わからないけど、彼を見ていると泣きたくなってくる。


「ワイ、遠山金太郎や」


遠山金太郎。頭の中で彼の名前が渦巻く。そうだ、彼だ。クラスの人気者で、笑顔が眩しくて、そして、私の思い人だった、金ちゃんだ。


『金ちゃん……』
「そう!思い出してくれた?嬉しいわぁ」


そう言って金ちゃんは目を細めた。その表情があまりにも優しすぎて、私は胸が苦しくなる。その苦しさはどこか懐かしくて、そうだ、私は彼をわざと忘れていたんだ、と思い出させた。あの当時、私が彼を思うように、彼にも思い人がいて、彼はその子にしっかりと思いを告げ、恋は成就したのだ。お互いを大事に、幸せそうな彼らを見るのがつらくて、そうして私は彼を忘れた。じんわりとひろがる後悔に、この場から逃げ出したい気持ちになる。


「てん綺麗になったなぁ」
『金ちゃんもかっこよくなったね』
「えー?ホンマ?」
『うん、とても』
「てんに言われたら舞い上がってしまうやん」


私だって舞い上がってしまうよ。ほんのりと染まった頬をチークのせいにして、私は無理矢理笑った。あの子とはどうなったんだろう。未だに彼女はいるのか。なんて考えている自分は、やっぱりまだ金ちゃんが好きなんだ。遠くで金ちゃんを呼ぶ声が聞こえる。その声に嬉しそうに返事をする金ちゃんを見上げた。金ちゃんの頬も私みたいに染まっていて、涙が出そうだ。


「ほな、てんまたな」


また。また、彼を思い出すこともあるのだろうか。背を向けて去っていく後姿を見つめながら、私は再び彼を忘れた。
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