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「さむいんじゃけど」


家のインターホンがなった。
こたつでぬくぬくとしていた重い体を動かして玄関に行ってみれば、のぞき穴の向こうには仁王くん。隣の仁王くんだ。


「なぁ、開けて?さむい」


いやいや、なんでだよ。寒いのと、開けるのと何が関係あるんだよ。自分の家に帰ればいいじゃん。隣じゃん。


「ねぇ、さむいんじゃけど」


と、言った途端、ぼろぼろと泣き出した仁王くん。ぎょっとして、私は思わずドアを開けたのが間違いだった。急に口角を上げた仁王くんは、するりと私の部屋に入ってきて、そそくさと私のこたつの中に入っていく。
また騙された。そうだった、この人ペテン師だった。


「あったかい。あったかすぎて感動する」
『仁王くん、騙したね』
「何も騙してなんかおらんき。寒かったの本当じゃもん」
『じゃもんって……』


かわいくない、と言おうと思ったけど、唇をちょっと尖らせた仁王くんはかわいかった。不覚。仁王くんをかわいいと思うだなんて。
そういえばこの時間だと、バイトでも行った帰りだろうか?私は仁王くんの後ろに仁王立ち(ここ笑うところ)をして、見下ろした。


『仁王くん、ごはん食べた?』
「食べてない。まかない無視して帰ってきたナリ」
『なんか食べる?』
「……梓月のそういうとこ好き」


ふんわりと笑った仁王くんに、ドキッとしつつ、赤くなってるだろう顔を隠しながらさっきまで食べていた鍋をあたためる。これでもか、というほどに野菜をほうりこめば、仁王くんにうんざりした顔をされそうだが、これも彼のためだ。


「おにく」
『野菜も食べろ』
「プピーナ」
『ごまかさない』


仁王くんのその美貌のためだよ!野菜だって高いんだぞ!そう言って、笑ってる仁王くんの目の前にとりわけたお皿を差し出す。案の定うんざりとした顔をしていたけれど、もくもくと何も言わず食べてくれた。
けれど。
仁王くんの目から、涙が次々とこぼれてて、私は再び驚いた。仁王くんも自分では気づいていなかったようで、私に言われて気づいて、のびきった袖で拭う。


「誰もいなくてさむいんじゃ」


ホームシックか。だけど彼の言うところの誰もいないは、この間までいた彼女のことを言っているんだろう。仁王くんには結構長い間連れ添った彼女がいて、それはそれは仲睦まじい様子だったのを覚えている。だが、一か月前くらいだろうか?血の気を失った顔をして私の部屋のインターホンを押す仁王くんを見たのは。その時私はバイト帰りで家にいなかったが、がたがたと歯がかみ合わない仁王くんを見ると、長い間ドアの前に立って私が出てくるのを待っていたのかもしれない。
それからと言うものの、さむいさむいと言って私の部屋に入り浸るようになっていた。一応毎日抵抗しているのだけれど、騙されて、騙されたフリをして、部屋にいれてしまっている。


「なぁ梓月、一緒に住まん?」


まるで懇願するような、妙に熱っぽい目で仁王くんは私を見た。
最近言うようになった言葉だ。でもきっと、彼は彼女のことを忘れられていない。その上の言葉だ。ただ寂しさをうめてくれる人が欲しいだけ。そんな一時的な感情に私がうかれるのは筋違いだ。だから、私はいつも頷かない。仁王くんは寂しそうに笑って、そして少しだけほっとした顔をする。


「泊まってもええ?」
『だめ』
「じゃあ、また来てもええ?」
『だめ』
「けちんぼ」


幾度となく繰り返したこの問答も最早意味をなくしてる。今だってこうやって部屋の中にいるしね。仁王くんの手のひらの上にレンチンした肉まんを置いて、パーカーのフードをひっぱる。私片付けしてくるから、そう言って台所に向かえば、しゃくりあげる声が聞こえる。私は聞かないふりをして、わざとらしく物音を大きく立てながら、小さく小さくため息を吐いた。
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