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昨日、髪の毛を切った。
この寒くて凍える季節に、だ。制服から髪の毛の間の首が寒々とガラスにうつって、私は心まで寒くなった。


私はかれこれ3年ほど片思いをしていた。
彼に出会ったのは入学式で、たまたま同じクラスで、出席番号が前後だった。きっかけというものはありふれたもので、消しゴムを忘れた私に、「これやるわ」なんて言って自分の消しゴムを半分ちぎってくれたことからだんだんと意識するようになった。
決定的だったのは、体育の授業の時で、男女別の授業なのにこけて擦りむいた膝に気付いてくれた彼が保健委員だからという理由付きではあったが、保健室までつきあってくれた。いつも以上に近くて、いつも以上に彼の体温を間近で感じて、私はここで彼のことが好きなんだと自覚した。
それからの毎日は、彼のために、彼にふさわしい人になれるようにたくさんの努力をした。髪の毛も長く伸ばし始めたし、手入れも怠らなかった。爪も綺麗に揃え、一つ一つ丁寧に磨いた。できるだけ笑顔を心掛けたし、誰かに対する悪口も言わないようにした。こうして、一つ一つ重ねていくたびに、私の周りには人が増え、にぎやかになった。それはそれでとても楽しくて、幸せだったけれど、大事なものを失う原因にもなってしまった。


街を彩るイルミネーションは、クリスマスが終わっても尚健在で、きらきらと光り輝いている。私はそれに見惚れることもなく、颯爽と人の合間合間をぬって黙々と歩いていた。マフラーも、コートも身に着けないまま、短くなった髪が寒そうに震える。
でも、きっとこれでよかったのだ。きっとこれで。なにもかもすべて。


私にはなんでも手に入れることができた。地位も名誉も、友達も男も、私が一度笑えば、もてはやされ、甘やかされた。そうやってるうちに、きっと私には隙間ともいえないほどの大きな大きな穴があいていたんだろう。
なんのために、誰のために、こうやって努力してきたのか。そんな大事なことを忘れていたことに気づいたときにはもう遅くて、本当に欲しかったものだけが、手を届かせることもできなかった。するりと抜け出て、彼はまったく違う人の手の中に納まってしまったのだ。それは完璧であるとされた私にでさえ、うらやましいと思わせるほど微笑ましい二人に、私は言い表せないほどの孤独を感じた。まるで、急速に変わっていく都会にただ一つ変わることのできないビルが置いてけぼりにされているような。
私のまわりに「本当」は果たしてあったのだろうか?


私とすれ違う恋人たちは、みんなみんな幸せそうな顔をしていて、私は唇を噛みしめた。泣きたいわけじゃない。悔しいわけじゃない。
私は私なりに別れを告げに来たんだ。
それだと言うのに、心の根底にはまだ小さな塊がうずくまっている。ああ、はやく吐き出してしまいたいと、何度も願ったものが、再び違う意味で吐き出して捨ててしまいたいと思うものが、ずっとずっと残ったまま、つっかえていて苦しくてしょうがなくて、私はふらりと公園に立ち寄り真っ暗闇にポツンと佇む真っ白なベンチに腰をかけた。ため息は空気に吸い込まれて真っ白に染まった。
私は学校の屋上で切り落とした髪の毛を鞄の中から取り出した。長くて重いそれは、今すぐにでも私を飲み込んでしまいそうな勢いで私の腕に絡まった。黒々と光ってなんだか蛇みたいだ。なんて独りごちるとふいに笑いが喉の奥から漏れ出て来た。何がおかしいのかも自分ではわからない。わからないけど、私は手が汚れるのも気にせず土を掘った。掘って掘って、掘りまくって、満足して、そのできた穴の中に腕に絡みついた髪の毛を投げ入れた。もぞもぞと動き出そうとするそれに気づかないふりをして、土をかけてもとに戻し、さらに足で踏みつけて地面を固めた。再び這い出ることがないように。強く強く踏みつけて。
さようなら。
さようなら、私のすべて。
さようなら、私の恋。
再び見えることがありませんように。
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