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「ねぇ、梓月、俺に何か言いたいことあるだろ?」
『なにもないですけど?』


突然目の前に現れた幸村先輩は、さわやかな風を携えて、にこやかに笑っていらっしゃる。私と幸村先輩の関係は委員長とその委員会に所属する一生徒とというだけに他ならない。出会いだって週に一回程度ある委員会でだし、喋ったのもその委員会での質疑応答の時くらいだったはずだ。だというのに、朝早くと放課後にある委員会の仕事の当番も一緒になるし、その当番の時は毎回と言っていいほど幸村先輩に出くわして一緒に登下校しているようなかたちになるし、いつの間にか一緒にいる機会が増えてしまった。こんなこと公に言ったら、とある女子集団にミンチにされそう。


「ふうん、そういうこと言うんだ」
『何がですか』
「梓月は俺に歯向かうんだね。いい度胸」
「どうしてそうなるんですか……」


委員会もおわり人も出払った会議室で私は一人黙々と資料整理をしていた。そもそもこれは委員長である幸村先輩の仕事なのに、私がやっている時点で何かがおかしいのだけれど。


「ああ、そういえば今日は一緒に帰れないから」
『それが?』
「寂しいだろ?」
『別に一緒に帰ってるっていうわけでもないですし』
「ねぇ、梓月……今日、なんで違う時間に家出たの?」
『……』


急に低くなった声に思わず顔をあげれば、にこやかな笑顔はどこへやら、怒っているような目で私を見下ろしていた。机についていた手をあげたと思えば、私の頬にすっと伸びる。ゆるゆると滑り落ちていく指の感触に体が震えた。


「俺がいつもあの角で君が来るのずっと待ってるって知ってた?」
『え』
「まぁ、知るわけないか」
『なんで……』
「なんでって?それを俺に聞くんだ」
『ゆ、幸村先輩なにしてっ!?』


せっかく整理した書類もおかまいなしに、幸村先輩は机に乗り上げた。ひらひらと書類は床に落ち、机に残った書類も幸村先輩の膝でぐちゃぐちゃだ。私は幸村先輩に制服の襟を掴まれて、無理やり立たされ、あまりの衝撃に呆然と幸村先輩を見上げる。その顔はあまりにも歪んでいて、唇が震えた。


「俺はこんなにも梓月のことを愛しているのに。何も見返りがないなんてそんなのおかしいよね?」
『せ、せんぱっ……』
「俺、お前に見てもらうために努力したよ?委員会の当番だって一緒にしたし、梓月が家を出る時間だって調べたし、書類の整理させれば俺との時間もっと長くとれると思ったのに。なのに。なんで梓月は俺のことを見てくれない?今だって、書類書類って、俺の顔一回も見なかったじゃないか」
『だって、仕事』
「気づけよ!」
『……』
「早く……気づいてくれよ……」


私の制服の襟をつかんだまま、私をひきよせた幸村先輩の顔は見えない。泣いているのかもしれない。私への思いが伝わらないことに対して、嘆き、悲しんで、泣いているのかもしれない。いや、泣いていてほしいと願わずにはいられない。だって、幸村先輩から漏れ出る声は、笑っているように聞こえてならないのだから。


ほら、
やっぱり



(結局これも彼の計算上に違いないのだから)
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