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「また見てるんですか」


ため息のようにこぼれた声に気付いて顔をあげれば、そこには日吉がいた。暖かい日差しがスポットライトをあてたように照っている、このあたたかい場所は、私だけが知る穴場だ。時折聞こえるテノールと柔らかいピアノの音は本当に心地がいい。きっと、この広い敷地内どこを探したってこんな素敵な場所ここ以外に見つけることなんてできない。


『また見てるってなんのこと?』
「なに今更はぐらかしてるんですか」


私の顔を見るたびにため息を吐くこの男は、心底私に呆れているらしい。日吉は、紙パックのジュースにストローをさしながら、私が自邸からこっそり持ち出したビールケースに腰をかける。


『今日も綺麗な歌声だね』


目を閉じればそこは天国で、あたたかくて大きな体で私をそっと包んでくれる。私は、つらいことも悲しいことも忘れて、笑顔になれる。でも、私を救ってくれるその歌声は、もう今は、苦しくなる存在でしかない。


『ホントみっともないけどさぁ』
「……」
『やっぱ大好きだったんだよね』
「梓月先輩……」
『ねぇ、日吉』
「なん、ですか」
『私やっぱり鳳くんのこと大好きだった』
「……そうですか」


本当にみっともない。大好きだった。ずっと見ていた。でも、別れを告げたのは私からで、これ以上彼の重荷になってしまうのはもう耐えられなかった。光り輝く彼に、影を作っているのは明らかに私で、彼が好きだったからこそ、彼のそばにはいられなくなった。


「梓月先輩は、後悔してるんですか」
『……後悔はしてないよ』
「じゃあ、なんでそんな顔をしているんですか」


幾度と繰り返されてきた質問に、私はまた躓いてしまった。納得して私からきり出した別れに、未だに未練が残っているのは自分だ。矛盾している自分に腹が立ってしょうがない。隣の日吉の手が私の頭にのっかって、二、三度優しく叩かれる。それはいつも彼がやってくれていたことで、私は何度も何度も泣きたくなる。


『私間違ってたかな?』
「知りません」


そうやって日吉は何も言わない。一際緩やかで優しいメロディーが耳に残ってはりつく。そして、二人の優しさが、ますます私を罪の意識へと落としていくのを感じた。
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