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たまたま友人に連れられてきたテニスの大会。会場は大賑わいで、なんだか圧倒された。どうやら今日の大会は全国規模のもので、しかも団体戦が行われているらしい。それをどこで聞きつけて来たのかわからないけれど、今日こそはつるわよ!なんて言って面食いの友人は私の隣ではしゃぎ倒している。
呆れてもきたし、この人混みのせいで場にも酔ってきたし、私には別にイケメン釣り上げるつもりもないし、友人に断って少しこの場から離れることにした。自動販売機でポンタオレンジを買って、コートからだいぶ離れたベンチに腰をかける。やっと、息ができる。むさくるしい空気に息が詰まっていた私は何度も深呼吸をした。寒いけど、それが心地いいくらいで、すっきりする。
そんな時だった。


「隣あいてます?」


そうにこやかな笑顔で言って来たのは、さわやかな男子学生だった。見たことのないジャージを着ていたけれど、きっとこの大会の参加者だろう。私は少し右にずれて座りなおせば、ぴったり真横につくように彼は座ってきた。
え、なんでこんな間隔狭く座るのこの人。


「俺、白石蔵之介言います、どうぞよろしゅう」
『は、はぁ』
「あ、蔵之介って呼んで!自分は?」
『え、私ですか?』
「敬語とかそんなかたっくるしいのは抜きやで!で、なんて名前なん?」
『はぁ……梓月てんだけど』
「ふうん、ええ名前やなぁ。実に無駄ない」


うんうんと頷く彼に、正直変な人にかかわってしまったと、少しだけ項垂れた。なんかこの人めんどくさい人だ。絶対にそうだ。グッバイ私の瞬間的平和。


「てんはテニスに興味あってここに来たん?」


ほら、しかも、いきなり下の名前を呼び捨てだし。友人に連れられて来たというと、それは残念というような顔をされた。


「じゃあ、あれやなぁ……毎回自分に会えるとはかぎらないんやな」
『まぁ、そうなるね』
「……なぁ、アドレス交換せぇへん?」
『はぁ?』
「だってもう二度と会えんかもしれへんやん!」


必死な顔でがくがくと肩を揺らされて、頭がまわる。何なのこの人。そうか、これがDQNと言われる生命体か。


『結構です』
「なんでやねん!」
『……』
「本場大阪のつっこみどや?無駄ないやろ?で、冗談はええから交換しよ?」
『遠慮します』


飲み干したポンタオレンジをゴミ箱に投げ捨て、私はベンチから腰を上げた。ただのナンパ男にこれ以上つぶすための時間なんて存在しない。友人にメールしてもうさっさと帰ろう。そう思って携帯の入っているポケットに手をつっこんだ時、急に後ろからのびてきた手にその手をつかまれた。ぐいっとひっぱられて、その反動で彼に向き合えば、彼の顔は火が出るほど真っ赤だった。


「すまん、調子乗りすぎた」
『はぁ』
「別にそんなナンパとかちゃうくて……いやでもそう思われてもしかたないというか」
『うん』
「でも、あの、それちゃうくて、俺、あの、一目ぼれで」
『は』
「運命感じてしもて」
『えっ、ちょ、ちょっと待って』
「今しかない思っててんけど、テンパって変なこと言ってしもたし、そんで嫌な思いもさせてしもて……」
『あ、そ、そうだったの』
「やから、その、友達からでもええから、アドレスだけ交換してくれへん?」


口から乾いた笑いが出てくる。頭が追いつかない。こんなことってあるんだ。
私は彼の言葉に思わずうなずいてしまって、お互いにアドレスを交換してしまった。別に私は何もつるつもりはなかったわけだけど、友人に恨み言でも言われてしまうだろうか。
しかし、それにしても。ディスプレイにうつった私のアドレスに、声にならない叫びをもらしながら真っ赤な顔でもだえている彼を見つつ、変なものをつりあげてしまったと実感してしまうのであった。
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