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あの声で自分の名前を呼んでほしい、そう思った。
同じクラスの窓側の一番後ろの席、それが彼女の席で、その一つ飛ばした右の席が俺の席やった。今年同じクラスになったばっかやったし、これまで隣同士になんてなったこともなかったから、彼女と話す機会なんてそうそうなかった。やけど、授業中あてられたりなんかしたら自然と彼女の声を聞くことになる。その声を聞いて、別に理由なんてあらへんけどええなって。あの声で何度も呼ばれてみたい。そう思った。やから、この状況は俺に与えられた最高最強な時間やと思うわけで。下校時刻間際の教室に一人、机につっぷして眠る彼女を起こすという機会が俺には与えられた。さっきから鼓動がうるさくて、彼女のかわいらしい寝息があまり聞こえへん。最高で最悪や。
下校を促す放送が流れ始めた。この教室の鍵を担任から託された俺には彼女を起こして教室から出すという義務がある。だというのになかなか動いてくれない俺の手。もうなんやねん動けや。


「梓月さん」


声をかけてもかけても彼女は起きない。そっとぎこちなく触れた肩の細さにびっくりして、後ろに飛びずさりそうになりながら、もう一度彼女の肩に手を置く。ゆっくり肩を揺らして何度か名前を呼ぶ。
違うんや、俺が彼女の名前を呼びたいんやなくて、彼女に俺の名前を呼んでほしいんや、なんてぐるぐる考えていると、うっすらと目を開けた彼女が目をこすりながら俺を見上げた。ああ、あかん、やばい。これは反則やった。いつもは安定の距離があるのに今日はこの近さや。あかん。これはあかんやつや。


『ごめん、私寝てたんだね』
「お、おん」


長い睫だとか、さらさらな髪だとか、少し乾いた唇だとか。なんか今まで見ないようにしてたところまではっきり見てしまったような、なんというか。寝起きの梓月さん色っぽい……。


『あ、もう下校時刻』
「あ、の、教室……鍵、しめよ思ってんねん」
『わぁ、重ね重ねごめんね!今出る』
「おん」


鞄に教科書をうつして立ち上がる梓月さん。あれこない身長差あったんやっけ。なんやもうほんまに抱きしめてしまいたいなぁ。


『それじゃあ』
「……おん」
『また明日、蔵之介くん』
「!」


そう笑顔で走り去った彼女が出て行ったドアを呆然と眺める。今、なんて。あれ、嘘や。梓月さんに名前呼ばれたやん俺。え、しかも下の名前、嘘ちゃうん。ぼっと顔の熱が集中してきた。嘘やーこれは嘘やー。だめやーもう嬉しすぎて明日から梓月さんの顔見れへん。見るけど。
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