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『うおっ!ひ、日吉くんか。びっくりした……』
「……」
『あの、日吉くん?か、顔が近いんだけど』
「……誰ですか」
廊下をまがったところで、男子生徒にぶつかったと思えばクラスメイトの日吉くんだった。
しかめっ面で私を睨み付けてきた日吉くんはその顔を私の顔にぐいっと近づけてきたのでびっくりすれば、先ほどの誰発言。二重にびっくりした。
おかしいな、彼とは普通に喋る仲だった気がしたのに。認識すらされていなかった?
『日吉くんはクラスメイトの顔も覚えてないんですか……』
「クラスメイト?」
『うん』
「ん……あ、あー梓月さん」
『!』
よ、よかった。ちゃんと覚えられていた。
ほっと肩をなで下ろしていると、日吉くんの指がするっと頬を滑った。
『ひ、日吉くん!?』
「あまり見えないんだよ、今」
『え?』
「コンタクトもメガネも忘れた」
なぁんだ。それでか。そういやこの前日吉くん全然見えなくなるとか言ってたもんね。うん、それはいいんだけど、ちょっと、顔近すぎやしませんかね。鼻がぶつかりそうなんだけど。
日吉くん、日吉くーん。そのままの状態でぴくりとも動かなくなった日吉くん。
え、あれ、なんだこれ。いつの間にか腰に手がまわっていて、日吉くんは体を密着させてくる。日吉くんのさらさらな前髪が私の顔に触れていて、くすぐったい。ぶわっと耳まで熱くなって、耐えきれなくて、かすれかすれの声で日吉くんの名前を呼ぶと、日吉くんは口の端をにっとつりあげた。
「やっと見えた」
絶対嘘だし、絶対からかってるだけだし。そんなことわかってるけど、心臓が口から飛び出しちゃいそうなほどドキドキしてる。
チャイムの音ではっとして離れたけれど、離れる間際に日吉くんが続きはまた後でなんて言ってくるから、もうなんていうか。
とりあえず、日吉くんにはメガネとコンタクトのスペアでもなんでも常備していただきたいと思います。