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「ね、今の男子、誰?」


早朝、みんなが登校して教室に入っていく中、私はその直前でトントンと肩を叩かれた。いったい誰なんだって振り返ったら、そこにはサエさんが立っていて、さわやかな笑みを私に向けていた。わぁ、とっても怖い!だなんておどけてる場合じゃない。これはちょっとやばいことになったかもしれない。


『さ、サエさん、どうしたの急に、今日はいつもより早いんだね!』
「誤魔化さないで梓月さん」
『なんの話かな?』
「さっき楽しそうに話してたでしょ?同じクラスの男子?名前は?」
『え、いや、まぁ、同じクラスの子だけど……』
「で、要件は?」
『日直の仕事のことで……』
「へぇ」


さっきの笑顔はどこへやら、サエさんの目が私を射抜いた。
教室からの喧騒も、蝉のうるさい鳴き声も、今の私には無音でしかなく、ただサエさんと私の小さな息遣いしか聞こえない。


『何……』
「俺さ、言ったよね」
『何を』
「俺をフリーにしちゃだめだって、ね?分かってるよね、梓月さん」


ああ、やってしまった。
先ほどの笑みとは明らかに違う笑顔を張り付けたサエさんに、連れられて屋上まで来れば、少しだけ強い力で壁に叩きつけられる。いつもは優しいのに、こうやって、私が他の男の人と話してるだけで、こんな風になってしまう。サエさんには余裕がない。愛されてるんだって、実感すると同時に、少し苦しくて、息継ぎがうまくできない。


「俺は梓月さんのものだよね?」
『サエさん痛い』
「なんで答えてくれないのかな」


そう言ったサエさんの顔があまりにも切なくて、愛しくて、つらい。このサエさんからの想いを受け入れたら、自分がどうなるのかわからない。サエさん無しでは生きていけなくなるかもしれない、そう思うと怖くて怖くて仕方がない。


「梓月さん好き、大好き、愛してる」
『……』
「だから俺をフリーにしないでよ……」


ああ、これはサエさんのたちの悪い計略なのかもしれない。ここまで言われて受け入れないなんて、なんだか私悪い人みたいだし。いいや、ちがう、こんなのいい訳でしかない。サエさんの気持ちわかっていながら逃げていたのは私だ。最悪だ。


「ねぇ、梓月さんは俺のもの?」


分かっている。分かっているのに。それでもこの言葉にうなずけないのは、まだ息をしていたいからなんだ。
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