6第六次コーンポタージュ解決録
あったかいご飯を頬張る時間が大好きだった。
今だって好きだ。
それなのに、何故か、気になってしまう。きょろきょろあたりを見回してしまう。
私は時計を確認して、ため息を吐いた。教室に戻らなきゃいけない時間だ。
柳先輩と喧嘩をして、一週間ほど経った。
あれから柳先輩と顔を合わせていない。
もしかしてかなり怒っているのだろうか。
顔も見たくないほどに、シチューにはごはんというこだわりがあったのかもしれない。
私だってこだわりなんてものたくさんあるのに、ついついむきになって先輩の意見をはねのけてしまった。
それに。
それに、あの日の夕方に食べたシチュードリアは最高においしかった。
ごろっとしたブロッコリーやニンジンが華やかで、とろりととけたチーズが絶妙。ちょっと焦げてしまった部分すら香ばしくて、それになによりクリーミーなシチューがご飯と絡み合っていてもう最高。
シチューはごはんにあうという事実に、私はただただ反省するしかなかったのである。
だから、柳先輩に謝ろうと思ったけれど、全然顔も出しに来てくれない。
なんで会いたい時に限って、姿を見せてくれないんだろう。
私は途中で自動販売機にあった、小さいわりに少しお高いコーンポタージュをポケットの中に忍ばせた。
お昼も非常口に訪れるようになったのは、五日前。
もしかしたら先輩とここでなら会えるかもしれない、そう思ったからだ。今日もいつも通り、非常口に行き、扉を開けると、何かにぶつかった。
「お前は」
『ひっ』
「白瀬」
『す、すみません!わざとじゃないんです!』
扉の向こうにいたのはあろうことか、今の今まで考えていた柳先輩で。
さらにその柳先輩に扉をぶち当てるという、なんとも恐ろしい事をしてしまった。
やばい。ますます怒らせてしまった。逃げるしかない。
そう思って踵を返すが、それは叶わなかった。
柳先輩が、がっちりと私の腕をつかんで離さなかったからだ。
「何故逃げる」
『だ、だって』
「怒らせた、と思っている確率100%というところか……安心しろ、怒ってなどいない」
そうは言うが。
ちらりと窺った顔色からは何も読み取ることができない。
未だにびくついている私に、柳先輩は小さくため息をつくと、座れと促した。大人しく従うと、柳先輩も静かに私の隣に腰を下ろす。私は膝をかかえて小さく縮こまった。
「低い確率だったが、ここに来れば白瀬に会えると思って来てみた」
『……怒りにきたんですか』
「どうしてそうなる……怒ってなどいないとさっき言っただろう」
『でも、一週間も来なかったじゃないですか』
「……」
何故か沈黙が下りて、不思議に思って、見上げようとしたが、柳先輩は口元を抑えながらそっぽをむいていた。
やっぱり怒っているのだろうか。
不安に思っていると、ようやく柳先輩と目が合った。
「すまない、なんでもない」
『本当に、怒ってないんですか?』
「もちろんだ」
そう言った柳先輩の声色は、なんだかいつもより優しくて、私はそこでやっと、ほっと胸をなで下ろすことができた。
よかった。本当に怒っていなかった。
私はポケットに忍ばせていたコーンポタージュを柳先輩に差し出す。
柳先輩がいたらわたそうと思っていたお詫びの品だ。
柳先輩は少し驚いた顔をしたが、やがて、お前らしいなと言って、受け取ってくれた。
『先輩ごめんなさい』
「いや、俺も大人気なかった」
『シチューはご飯にも合うって知りませんでした』
「……食べたのか?」
『はい、あの日の夕方、シチュードリアでした。おいしかった……』
「そうか」
そう呟くように言う柳先輩をもう一度見上げると、なんだか嬉しそうに笑っているように見えた。