4第四次いしやきいも事件簿
『いしや〜きいも〜おいも〜』
電車をおりて改札を抜けると、目の端に焼き芋屋さんを見つけた。
私は宣伝音に合わせて歌いながら、リズムに乗って、焼き芋屋さんのおじちゃんに近づく。
うーん、いい香り。
トラックの後ろから、ほわほわと湯気がのぼって、冷たい風と共に私の中に入ってくる。肺の中も、頭の中も、いしやきいもおいも。
先輩が買ってくれたおしるこも、一個しか買えなかった売店のパンも、とうの昔に消化されてしまっている。私の全てをいしやきいもで満たすには、十分な条件がそろっていたのである。
確かに家に帰れば夕食が待っているだろう。しかし、今日の献立もわからない私にとっては、今は焼き芋が食べたい気分なのだ。
『おじちゃー……あっ』
おじちゃん焼き芋一つ、と言いかけた言葉をごくりと飲みこんだ。慎重に周りを見渡す。それらしい影は見つからない。
よかった。さすがにこんなところまで先輩は現れたりしないだろう。なんてったって、ここは学校の最寄駅ではなく、私の家の最寄駅だからだ。こんなところまで先輩が現れたら、先輩をストーカーと疑わずにはいられない。まさか先輩がそんなことするわけない。と、思うから、だから私は安心して、おじちゃんから焼き芋を一つ手に入れた。
『あったかい……染みわたるあたたかさ……』
おじちゃんはそんな私を見て豪快に笑って、トラックを走らせた。
ああ、そうか、もう、人通りもこんなに少ない。この駅では私が最後のお客さんだったんだな。
しんとした駅の傍にあるバス停のベンチで、私はほうっと息を吐いた。もうだいぶ白んできたなぁ。
大きな焼き芋を二つに割ると、湯気が白くぽわぽわと浮かんでいる。
『いい匂い……いただきます!』
おいしい、あたたかい、甘いが一度に全部来て、私は口角があがる。口の中が少しだけ火傷したけれど、それも気にならないおいしさ。
おじちゃんいい仕事してるよ。こんな人を幸せにする仕事なんてそんなに無いよ。おじちゃんありがとう。
「一人で何拝んでいる」
『焼き芋屋さんのおじちゃんのありがたさに感謝して……』
えっ。思わず返事をしてしまったところで、聞き覚えのある声を見上げると、そこには、あの、あの柳先輩がいらっしゃった。
『え、柳先輩?あれ?』
「安心しろ、断じて白瀬のストーカーではない」
『えっ、先輩なんでっ、えっ、ここに!?』
「部活帰りだ」
『いや、それは、この時間ですし分かりますけど、え、ここ、あの、え?』
「焼き芋の匂いにつられて来たが、もう行ってしまった後だったか」
少し残念そうな顔をした(多分)柳先輩は、私の手をじっと見つめる。私はそんな先輩と、手の中にある焼き芋を交互に見つめた。
焼き芋。とぼそり、先輩は呟く。
部活帰りでお腹がすいていたのかもしれない。そのせいで、なんら関係の無いこの駅で、匂いにつられて降り立ったのかもしれない。
焼き芋。またぼそりと先輩が呟いた。
はぁ。白い息がのぼっていく中、私は、二つに割った焼き芋の片割れを先輩に差し出した。
「なんだ白瀬」
『食べたいんでしょう?』
「そんなことはない」
『素直じゃないな……あれです、おしるこのお礼です』
「……そうか、お礼か。お礼ならば、この柳蓮二、断るわけにはいけないな」
先輩は顔を輝かせて(多分)、私の手を引き寄せた。そしてそのまま、そっと焼き芋をかじる。あったかい焼き芋と、冷たい柳先輩の手と。
「あたたかいな」
『そ、そうでしょう!』
「……お前の手も」
そう言って微笑む先輩に、なんだか全身の血が沸騰したようになって、私は、あ、だの、う、だの言葉にならない言葉を漏らして、先輩は更に笑う。
またこの人は私をからかいおって!
はんば無理やりに焼き芋を先輩に押し付けて、私は、ダッシュでその場を後にした。