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階段を踏み外して、バランスを崩して、倒れている。
その光景があまりにもゆっくりと流れて、次に来る衝撃に耐えるべく、私はぎゅっと目を閉じた。
けれど、その衝撃はいつまでたってもこなかった。
その代わり、がっしりとした腕が、私のお腹を支えていた。
「ほんなこつ危なっかしいばいね、小邑は」
頭上遥か遠くから、おかしそうに笑う声が聞こえてきて、目をあければ、足が軽く宙に浮いていた。
この方言に、このでっかい腕は。
『ち、千歳!?』
「ん?」
『あんた今頃来てっ』
「その前に、ありがとう言わんね」
しぶしぶとありがとうと言いながら、体勢をなおしてくれた千歳の方を振り向く。
少し着崩して見えるスーツ姿に、相変わらずの下駄。
感謝はしてるけれど、正直心配の方が勝ってしまった。スーツに下駄って。どこのヤーさんなの。
ヤーさんかもあやしい。ていうかヤーさんがどんなのかもわかってないけど。
「千歳やん」
前を行っていたみんなが、このちょっとした騒動に気付いたらしく戻ってきて、千歳を見て少しだけぎょっとしていた。
「千歳いつ来たんか」
「今さっきばい」
「遅すぎやろ!」
「そんなことないけん?今入って来よる人いっぱいおった」
「ふうん、そんなもんか」
「ところで小邑の腰に手まわして何しとるん?」
「そないな関係やったっけ」
「こんなとこでお盛んやなぁ」
と言いたい放題。こいつらこの場じゃなかったらぶちのめしてるところだった。
流石にここでは、なんて含みのあることをいいかける千歳のお腹にぐーぱんして、落としてしまった資料を全部拾い上げ、みんなを無視してさっさと階段を下りる。
さっきみたいなことにもう二度とならないように細心の注意を払いながら。
「小邑待って!一緒にまわらんね?」
誰が千歳と一緒にまわってやるか。
こんな変な恰好で隣を歩かれていたら、違った意味で目立ってしまう。そんなのはごめんだ。
そう思ってたけれど、同じく九州出身の私たち二人は、結果的に同じ場所をまわることになってしまったのだった。
地元ブース許すまじ。