浜辺の三線
私は平古場にも勧められて、夕方海岸に出てみた。
波の音に混じって、懐かしいような、ゆったりとした音楽が聞こえてくる。
私は夕暮れに染まる海を横目に見ながら音の方へ足を向けた。
あっ、あれは。
『知念くん』
私の声に気付いた知念くんは、手をとめて私を見上げた。
浜辺に座り込んだ知念くんの手には、一つの楽器があった。
『知念くん三味線ひけるの?』
「これは三線」
『さんしん?』
「そうさぁ」
知念くんはそれだけ言って、再び弾きはじめた。
知念くんはいつも静かだ。表情もあまり変わらないし、言葉数も少ない。
同じテニス部でも他のみんなと大違いだ。うるさい意味で。
だから、一緒にいることはあっても、一緒に喋る事はほとんど無い。
でも、なんだか、知念くんが奏でる三線の音は心地がよかった。
知念くんの手から、顔に視線をうつすと、心なしかとてもとても優しい表情をしている気がする。
「上代、弾いてみるかや?」
『えっ!そんな!弾けないし!』
「教えてやるばぁよ」
『いや、そんなっ、これ知念くんの大事なものでしょ』
「大丈夫、上代なら」
『うっ』
さらりとそんなことを言われて、私は三線を受け取らざるを得なくなってしまった。
知念くんから手渡された三線は意外にも軽くて、でもこうやって間近で見ると、使い込まれていることがわかるような傷がいくつもあった。
本当に好きなんだなぁ。
ここはああして、この手はこうして、なんて教えてもらって、簡単な曲を一曲だけ弾けるようになった。ぎこちなかったけど。
『ありがとう知念くん、楽しかった』
「それはよかったさぁ」
『お聞き苦しいものを聞かせしてしまって』
「そんなことないばぁよ、上代に弾いてもらって三線も喜んでるはずよ」
『ま、またそんなことを!』
知念くんは優しい人だ。
でもちょっとだけそういうところが苦手だ。