白いお嬢さん

登校日の放課後、いつもみたく裕次郎の席まで行くと、上代が水色の冊子を取り出したのが見えた。


「あ?上代ぬーやそれ」

『アルバムだよ』

「アルバム?」

『そ。沖縄での生活まだ短いけど、それでもなんか形に残したいと思って、こっち来た時から写真撮ってるんだ』


へえ……初めて知った。
上代が笑顔で開くアルバムのページには、たくさんの沖縄の写真がつまっていた。
あ、永四郎。裕次郎……知念に田仁志、わんもおる。晴美ちゃんとかよく撮れたなーって、うわ、変顔もあるし。いつの間にこんなに撮ったんだよ……。上代の隠し撮り能力にあきれて声も出ねーらん。ぺらぺらと適当にめくりながらため息を吐くと、1枚の写真が目に入った。
あ、これ。
わんはわりと最初のページにあるその写真をじっと見つめる。
青い空をバックに、白いスカートを着て白い帽子をかぶった髪の長い上代の写真。
みんなは懐かしいと口ぐちに言っていたが、わんは口を噤んで、唾を飲み込んだ。

嫌な思い出だ。

上代がうちなーに来て、正直まだ3か月くらいしかたっていない。
5月の初め、どんよりとした雲が覆っている中、上代は突然わったーの前に現れたのだ。


「交換交流生の上代やしが、みんな少しの間だが仲良くなー」

『上代なちです、よろしくお願いします』


髪が長くて、肌が白い、うちなんちゅっぽくないそいつは関東から来たらしい。
気持ち悪いほどの作り笑いを顔面にぴったりと貼り付けて、そう言ったのだ。
やまとんちゅ。
なんか、いけすかない。
それが初めての印象。
交換交流生なんて初めて聞いたし、そんな制度なんてあるとか聞いたこともなかった。それなのに急に、しかもこの時期に知らない人間が来て、ただでさえ大事な大会を前にしてぴりぴりとしているわんにとって、そのささいなクラスの変化がイライラの要因になってしまった。
しかもそいつの席は、裕次郎の後ろ。
わんは裕次郎に目配せして、やまとんちゅになんか関わんな、と言うと、裕次郎は難しい顔をしながら頷いた。

上代はなんでもできた。学力もすごかったし、運動だってすごかった。難しい問題をすらすらと解いて見せながらも、自慢げにもしない。
それが逆に気取って見えた。
イライラする。
さっきからサーブも飯匙倩も決まらない。今日は田仁志だけでなく2年にも負けた。最悪だ。
全部全部、あいつのせいだ。

そんな時に、あの事件が起こったのだ。
それは二週間ほどたった土曜日。
海岸荒行で疲れ切ったわんは甲斐と二人で休憩がてら海岸沿いを歩いていた。
そこに、何故か上代がいた。
わったーを一瞥して、そのまま海に向き直る。
おい、ぬーがやそれ。
確かにわんは上代のことが気にくわないし、あまり話しをしようとしなかった。しかし、嫌いだなんてこと一言も面と向かって言ったことないし、態度にも出していなかったはずだ。
なのに、ぬーがや。
ああ、腹が立つ。わんの日常生活が狂ったのも、テニスがうまくいかないのも、イライラするのも、全部全部、やーぬせいや。
風で舞ったそいつの髪を掴む。
一瞬驚いた顔をした上代はすぐに顔を歪めた。痛い、離して。幾度となく繰り返されるその言葉も不快だ。


「えーひゃー!くぬひゃーうぬぅあてぇーしいにやみわぁー!」


白いワンピースの胸元を掴む。
飛んでいった白い帽子が、遠くでぽちゃんと海に落ちた。


『何て言ってるのかわかんないし』

「……っ」

『離してよ』

「あ?気取ってんかやぁ?」

『気取ってなんかないし』

「やまとんちゅだのにって、調子のらんけー!」

『だから乗ってないってば!』

「やーが来てからしんけん最悪だばぁ。大事な時だのに、クラス中浮足立ってからよ、イライラするやんどー。やーのその張り付けたような態度も、行動も、気にくわない。もうさっさと帰れー!」


ただ黙って、わんの目をそらさずに、上代はずっと睨み上げていた。そして、いかにもくだらなそうに笑う。
くぬひゃー……。
何も知らないくせに、そう呟いた気がした。


『何それ、全部私のせい?本当にそう思ってるの?』

「なっ」

『ただうまくいかない自分にいらだって、逃げて、私のせいにしてるだけじゃない』

「そんな」

『そんなことないって言えんの?ふざけんなよ』


その時だった。
きらりと太陽のせいで光った何かが、わんの指すれすれを走って行ったのは。
先ほどまで抵抗のあった、手の中のものは、だらりと項垂れて、そして、強い風に絡め取られていった。
今、何が。
呆然と立ち尽くすわんを前に、上代は睨んだまま、涙を流した。
わけがわからなかった。何が起きたのかもわからなかった。
来たくて来たんじゃない。そう震える声で上代は言った。
その手からぼとりとハサミが落ちる。


『突然言われて、知らない人しかいないここに来て、友達もできるかわからないこの中途半端な時期に、しょうがないじゃない、私だって不安だったんだから!頑張らなきゃって!勉強も運動も、言葉が全然違うみんなと話すことも!笑顔で頑張らなきゃって!そう思って!必死だったのに!私だって、』


こんなの本当の自分じゃないって、わかってるんだ。そう言った上代は、無作法に切った髪を撫でて、もう、平古場くんに近づかないから、と言って、踵を返した。
はっとした。すうっとなくなっていくモヤモヤの代わりに、やってしまったという気持ちが沸き立ってくる。
ああ……わんはなんてことをしたんだろう……。
勝手に決めつけて、イライラして、うまくいかないことも、全部上代のせいにして、逃げて。やまとんちゅだっていう先入観にとらわれて、気にくわないなんて、わんが一番嫌いなことだのに。
仲良くなりたいなんて素直になれなかったのは自分で、意地はって、跳ね除けて。
わんは遠くなっていく後姿を追いかけて、腕を掴んだ。
泣きながら振り返った上代に、素直になれなかった自分を謝ろうと、そう思って、口を動かそうとしたが、なかなか動かない。必死に絞り出した言葉が、そぬ髪わんが切りなおす、だった。
うーわー自分でもぬーを言ってるかわからん!
目を丸くした上代は、暫くの沈黙の後、こらえきれなかったようにふきだした。


『なにそれ』

「だーから!責任とって整えてやるって言ってるやっし!」

『私のこと気に食わないんでしょう』

「気に……くわないようなくうような」

『もーなんだそれおっかしいの』

「笑わんけー!」

『腕は確かなんでしょうね?』

「あーまかせれー!天才やしが!」

『うわー不安、甲斐くん、この人に任せて本当に大丈夫?』

「えっ、あ、うん、凛はこう見えてお洒落だばぁ」

「こう見えてって!」

『そっか』


じゃあ、よろしくね、平古場。
上代は笑ってそう言った。なんで急に呼び捨てなんだよ。
むっとしたけれど、上代が張り付けた笑みではないのに気が付いて、わんは少しだけ素直になってみようと思って、差し伸べられた手を強く握った。

懐かしい。そうだ、今こうやって上代とバカやってるのも本当は奇跡に近いことだ。
ふと気づくと、わんはいつの間にか上代の髪の毛に触れていた。
上代も不思議そうにわんを見上げて、どうかした、なんて言う。


「いや、少し伸びたなと思って」


上代は一瞬恥ずかしそうな顔をして、それで、次の瞬間には満面の笑みになった。


『まぁ、平古場と仲良くなったって証拠じゃない?』


わんは何も答えられなかった。

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