うたう蛍
私以外は自転車で来たらしく、駐輪場に並んで止めると、行くやっしと、ゆうじろうと平古場は先頭を歩きだす。
奥に奥に進むにつれ灯りは減っていって、足元はもう見えない。
目の前を歩いていた、慧くんの服の裾をぎゅっと握って歩いていると、突然立ち止まった慧くんにぶつかった。
「上代、見れー」
鼻をさすっている私に、振り返った慧くんが興奮気味にそう言う。
そっと彼の後ろから覗いてみれば、あちらこちらで、黄色い光がゆっくりと点滅している。
ああ、蛍だ。
「じんじんやあ」
ため息のような声で口々に言いながら、見上げる彼らの瞳は瞬きをするたびにきらきらと輝いていた。
「綺麗さーねー」
「じんじんがいっぱいやっし」
『じんじん?』
「蛍のことをこちらではじんじんと言うんですよ」
「民謡もあるやしが、確かよく永四郎が歌ってたはず」
「知念くん」
『え、えいしろー歌うの?聞きたい』
「は?嫌ですね」
思いっきり断られて残念そうなフリをわざとらしくしてみせたけど、完全無視をきめられてしまった。
……少しぐらい聞かせてくれたっていいのにね。隣にいた知念くんに目配せすると、眉を下げながら笑った。
ふと落ちた沈黙は、決して不快なものではなくて、静かさが余計にこの空間をみんなで共有しているように感じて、なんだか嬉しい気持ちになった。
それからどれくらいの時間そうしていたんだろう、えいしろーが帰りましょうか、と言うまで、誰もしゃべろうとしなかった。
「上代さん、時間も遅いですし送っていきますよ。ほら、甲斐くん、田仁志くんも行きますよ」
「はいはい」
『もしかして後ろ乗せてくれるの?』
「嫌です」
「じゃあ上代、わんの後ろ乗る?」
『うーん、ゆうじろうの後ろはちょっと怖いからいいや』
「はー?わんの優しさ踏みにじられたやっし」
『えいしろーがダメなら慧くん……』
「わんお腹すいたからやだ」
『なぜ……』
平古場や知念くんとはここでお別れして、自転車を引きながら先頭を歩くえいしろーを、三人で追う。
6つの車輪のからからという音が夜道に響いて、回転で付く不安定な光がふわふわと彷徨っている。それがなんだかさっき見た蛍に似ているような気がした。
『……ねえ、えいしろー』
「なんですか」
『やっぱりちょっと歌ってよ』
「……」
『だめ……?』
「……」
『やっぱ嫌だよね……無理言ってごめん』
しばらくの沈黙の後、夜風に乗って、静かなメロディが耳を擽る。
慧くんとゆうじろうと思わず顔を見合わせると、にっと笑った二人が、歌ってるやっし、と楽しそうに言う。
その後、ゆうじろうが鼻歌で参加し始めて、慧くんがおどけて合いの手を入れ始めて、私はよくわからないままはもり始める。
ひどい合唱だったけど、呆れた顔で振り返ったえいしろーの口元は、ほんのり緩んでいた。