本当の地獄
朝ごはんを済ませた部員は皆、古武術の練習に行ってしまい、食堂に残った私は、一人昨日のカレーの残りを口に運んでいた。
我ながらうまくできたと思う。野菜を切って炒めて、市販のカレールーを入れただけだけど。
今日も彼らが元気になるようなご飯を作ってあげなければ、そう意気込んで、カレーをかきこんでいると、玄関のドアが勢いよく開いた。
『だ……誰……』
「誰だお前」
ほぼ同時に発した言葉に、その人物は眉根に皺を寄せると、低い声で木手はどこだ、と言う。
恐る恐る道場の方を指差すと、彼は黙ってそちらに向かおうとする。
『ま、待ってください!あなた誰なんですか!?』
「あ?」
『警察呼びますよ……!』
「ワシは、あぬクソガキ共の監督だ」
道場へ向かうと、真剣に練習を続ける部員の姿があった。
すごい。でもテニスとどう関係してくるんだろう。
そんな疑問を密かに抱えながら、私はえいしろーの傍に行って耳打ちをする。
はっとした表情をしたえいしろーは、他の部員たちには練習を続けるように言い、食堂へと足を向けた。
「くぬひゃーこぬ大事な時期に勝手にぬーしよるが!」
「許可はとってあります」
「ワシは聞いとらん」
「寧ろ何故あなたがここに」
「罰じゃ、罰!やーら海岸線タイヤ引き20キロ、そぬ後素潜り、はよしれー!」
えいしろーは何か言いたげに監督(と言う男)を見上げたあと、ただ黙って部員を引きつれて、外に出て行く。
どうやら本当にこの人は監督のようだ。
後から教えてもらったが、早乙女晴美と言うらしい。
「はよしーめー」
走り終えてまだ息も整っていない部員達に、そうひどく冷たい声で言うと、彼らは黙ってその指示に従う。
どのぐらい時間が経ったんだろう。
そんなに時間は経っていないはずなのに、ひどく長い時間に感じてしまう。
静かな海面に、時折あぶくが浮かんでは消えていく。
そんな時、急に海面を叩くような激しい音が聞こえてきた。
おぼれてるんじゃないか、とぞっとして、私は彼の元に濡れるのも構わず駆け寄る。
「そんなやつほっとけー!」
我慢ならない。
彼を支えながら浜辺に上がり、タオルと水を渡すと、私は監督の元に向かった。
『こんなのおかしいです!』
「あ?」
『おぼれてるのに、ほっとけってなんなんですか!』
「ぬーも知らねークソガキが口答えすんな」
『でも!』
「上代、いいんばあ。これがうちのやり方やしが。わんの実力よ」
『そんな……』
「上代さん」
『えいしろー……』
「彼の言う通り、上代さんはそこで見ていてください」
『えいしろーまで……』
「監督、もう一回やらせてください」
「勝手にしろ」
息が出来なくて苦しくても、おぼれそうになっても、命がかかっているというのに、彼らはそれでもこの監督についていくというのだろうか。
私はなんとも言えない気持ちになって、彼らの苦しそうな顔を、ただただ見つめるだけしかできなかった。