男だらけの合宿

えーっと、着替えに、洗面用具に、携帯に。あ、あとサンダルも持っていっておこう。
そして一番大事な、会計の知念くんからお預かりした合宿費。
全部確認して私は玄関を開ける。
そこにはもう既に比嘉中テニス部が乗り込んだバスが止まっていた。


「遅い」


するどい視線に、私は思わず謝る。
でもよくよく考えて、予定の時間より20分も早い。
遠足前の小学生かよ、という言葉を飲みこんで、私はバスに乗り込んだ。


「それでは行きますよ」


バスで連れてこられたのは、数十分移動した先にある浜辺だった。
岩場も多く、海水浴にはあまり使われていないのかもしれない。
すぐ近くには木造の小屋がある。小屋の横にはゴーヤー畑と簡易的なテニスコートがあり、ああきっとここに泊まるのだなということが一目でわかった。

合宿所にはすぐについたものの。
私はひどく疲れていた。
どうしてなのか。それは。

見られている。

めちゃくちゃ見られている。

もの珍しそうに、部員の方々に見られている。
てっきりバスの中で紹介してくれるのかと思いきや、ただただ何事もなくここまでついてしまったのだ。
バスに乗り込んだ瞬間から「こいつ誰」と言わんばかりの視線に既にまいっているのだ。
その空気を感じ取っていないのか、それともわざとなのか、えいしろーは私に自己紹介を促してきた。
皆の前に立って、恐る恐る自分の名前を言うものの、皆黙ったままで、寧ろ睨まれている気がする。
私はそばに立っていたゆうじろうの後ろにそそくさと逃げ込んだ。


『ね、ねぇ、ゆうじろう。もしかして、部員以外のお手伝いって来たことない感じ?』

「あーそういえばそうかもなー。今まで全部わったーでやってたしなー」

『えええなんで私呼ばれたの!?私ここにいていいの!?逆に迷惑じゃない!?』

「迷惑ではねーらん。多分」

『多分って!』

「だーいじょうぶやし。永四郎だって何か考えがあって上代連れて来たはずよ」

『でも』

「それでは日程を説明します」


えいしろーは私のことなんか気にするそぶりも無く、さっさと話を進めていく。
私とえいしろーで考えた日程を、これまた一晩で完成させた合宿のしおりを一人一人に配って説明をするその姿はなんとも部長らしくて、いつも以上にしっかりして見える。
流石だなぁと思っていると、全て説明し終えたえいしろーと目があった。


「上代さん、少し食材が足りないようなので今から買い出しをお願いします」

『は、はいっ!』


思わず畏まっちゃった。
私は少し恥ずかしくなりながら自分のリュックを探る。
あれ。
えっと、おかしいな。ここに確かに入れていたのに。
どうしました、と言わんばかりにえいしろーが私を見てくる。
朝確かに入れたこと、確認したはずなのに。


『無い……』

「は?」

『合宿費が無い……』

「合宿費が無い?これからどうするんば?」
「は?ていうか、ぬーでねーらん?」
「くぬひゃー取ったんじゃねーらん?」
「やさやさ!」
「こぬ人が取ったはずよ!」
「やまとんちゅとか信用ならねー」


私が零した言葉に、途端に部員達がざわつき始める。


『そ、そんな!私は確かに知念くんから預かって、ちゃんと持ってきました!』

「だまらんけー!」


一際強い言葉が振りかかって、私は何も言えなくて、ただ、呆然と立ち尽くす。
どうしよう、どうしよう、頭の中はそればっかり。
今にも逃げ出したくなりそうなのをぐっと、こらえていると、肩に重みがかかった。
振り返ると、そこにはゆうじろうがいて、
私の目を見て、そして、部員たちに向き直ると、わんは上代じゃないと思う、とそう言った。


「甲斐先輩、ぬーでそんなことわかるやがや?」

「……上代はそんなことするやつじゃねーらん」

「でも、証拠がねーらん」


その通りだ。私が犯人じゃないという証拠なんてない。
それに、あまりいいように思われていないのも、分かる。
やっぱり、私は……


「わったーが犯人見つける」


そう言ったのは平古場だった。
思わず、顔をあげると、平古場もゆうじろうも、えいしろーも知念くんも慧くんも私を見て笑って頷いた。


「わったーが証明するさぁ、安心しれー上代」

「上代、あとでまーさんもん食わせろー」

「ご褒美用意しとけー」

「すぐ見つけてやるさー待っとれー」


そう言いながら、四人は目配せし合うとそれぞれの方向に走り出す。


「あの人たちはあなたが取ったなんてこれっぽっちも思っちゃいませんよ」


その様子を静かに見ていたえいしろーも、そう言うと、走り出した。
なんだかすごくすごく嬉しくて、今までに感じたことのないような思いが、どんどんあふれて来て、涙が出そうになるのを必死にこらえて、私も元来た道の方へ走り出した。


捜索を始めて数時間。
それらしきものを全く見つけられなくて、思わず項垂れた。
さっきまで気にならなかった太陽の熱が、じりじりと肌を刺す。
もう見つかりっこない。
そう諦めかけていた時、後ろから私の腕をひいたのは、ゆうじろうだった。
うつむいて、肩で息をして、頬を伝う汗をぬぐったゆうじろうは、顔を上げて私の目を捉える。


「見つかった!」


とぎれとぎれで紡いだ言葉にはっとして、ゆうじろうの背中を追いかける。
砂に足をとられながら、向かった先には、一足先についていたゆうじろうと、他の四人がいて、何かを覗き込んでいた。
息を落ち着かせながら、私も同じように覗きこむと、そこには穴の中で眠る一匹の犬。


『え、何、犬?』

「犯人はこいつやしが!」

『えっ、犯人って……犬!?』


冗談かと思ってみんなの顔を見渡すが、そこには真剣な顔しかなくて、私は再び気持ちよさそうに眠る犬を見つめる。


『はぁー……』

「上代!?」

『ごめん、大丈夫、平古場、安心しただけ』


その場にへたりこむ私を、平古場が支えてくれて、ゆうじろうはえいしろーの指示の元、他の部員たちをこの場に連れてきてくれた。


「多分荷物をいったん外に置いてた時に、くぬひゃー、こっそり上代のリュックから合宿費くわえて、こぬ穴の中に大事に埋めてた」

「合宿費は無事に回収しました」

「これで証明できたさー」

「なぁ、お前ら、これでも上代が犯人と思うかや?」


気まずそうに部員たちは目線を彷徨わせる。
疑われて、ひどい事言われたのはかなりショックだったけれど、元はと言えば、大事なものなのに、私が目を離したのがそもそもの原因だ。
彼らは何も悪くない。


『みんなの大事な費用なのに、本当にごめんなさい』


私はもう一度彼らを見渡すと、深々と頭を下げた。


「……いや、わったーも悪かった」
「疑ってごめん」


暫くの沈黙の後、気まずそうに、それでも真剣に、彼らは私に謝ってくれた。


「でも!次は許さんど!」


先ほどと違って嫌味のない笑顔で悪態付く彼らに、私は思わず笑いがこぼれて、つられたようにみんなで笑い合った。


『ゆうじろう、平古場、えいしろー、知念くん、慧くん』


ひとしきり笑って、みんな海岸荒行を始めようと海に向かう中、五人を呼び止める。
不思議そうに振り返る五人に、ありがとうを伝えると、恥ずかしそうに笑ったあと、勢いよく海に飛び出して行った。
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