わたしはここにいるのに


期待も逆てるてる坊主も虚しく、にくったらしいほどの快晴が続いている。
でも、今日は少しだけ違った。ジローくんが久しぶりに教室に来たからだ。
まわりは当然ざわついたし、私も内心ドキドキしてちらちらジローくんの方を見ていた。けれど、ジローくんは私の顔を見ることもなく、近くにいた男子に俺の席どこ?なんて聞いて、眠そうに目をこすりながら席についてすぐさま寝てしまった。授業中も休み時間もホームルーム中も寝ていて、動いたのはお昼の時だけ。しかも、ふらっとどっかに消えて、授業が始まるちょっと前にまたふらっと戻ってきた。
その時も私の顔を見ることはなかった。
ジローくん、もう私と話したくもないのかな。
私はただ、ジローくんの顔を見て、おはようって言いたかっただけなのに。
授業中、寝てるフリをしてちょっとだけ泣いた。


放課後になっても、ジローくんは起きない。
一人一人、部活だの図書室に行くだの家に帰るだの、賑やかに喋って教室を出ていく。
みんなの「また明日」が置いてかれた教室は、さっきのうるささが嘘のように静かだ。
二人っきり。ジローくんと。
ジローくんだって、テニス部の部活があるだろう。多分もうすぐ部員のお迎えがくると思う。
あともう少しだけ。彼の幸せそうな寝顔を見ていたい。
なんの夢を見てるのかな。凄く嬉しそうに幸せそうに笑っているジローくん。


『今日は一回も目を合わせてくれなかったね』


ほら今だって、その瞼は開かない。私はこんなにも見ているのに。彼は気づいてくれない。
私はそっと髪の毛を触ろうとしてやめた。廊下から足音が聞こえる。この教室に向かってるってことはきっともうお迎えが来てしまったんだ。


『ジローくん、ジローくん』
「……ん」
『もう放課後だよ、部活大丈夫?』
「……んー……んー?」


ゆっくり瞼を開けたジローくん。あ、やっと目があった。と思ったらジローくんは思いっきり目を見開いた。
息を飲みこんで、数度口をぱくぱく開けたあと、目をこする。
もう一度私を見たジローくんはさっき飲み込んだ息を小さく吐いた。


「……あ、えっと、にこちゃん」
『うん』
「今、何時?」
『もう部活始まってると思う。お迎えももうすぐ来るんじゃないかな?』


あ、ほらやっぱり。そう言って教室のドアを指差せば、忍足くんが呆れた顔で立っていた。


「また寝とったんか」
「跡部怒ってる?」
「いつもと同じや」
「げっ」
「橘さんもこいつに付き合わせてしもうて堪忍な」
『私はいいの』


ほらいくで、と言って忍足くんはジローくんの背中を押した。
ジローくんは、しぶしぶといった感じで、忍足くんに押されるまま教室を出て行った。
教室に一人っきり。また明日って言いそびれちゃったな。
開けっ放しのドアからは生ぬるい湿った風が入ってくる。
あの時、目を見開いたジローくん。その瞳はかすかに揺らいでいて、ちょっと涙目だった気がした。幸せそうに見ていた夢のせいなのかな。それとも……。
それに居心地が悪くなるような忍足くんの視線。そして何より私を最初見たときの少し驚いた顔。なんかいるはずもないものを見てしまった時に反応に似ていた、なんて。


『帰ろ』


誰もいない教室になんかもう用はない。私は机の中身を引っ張り出して鞄の中に放り込んだ。
あーもうなんか泣きたい。雨が降ればいいのに。
雨が降れば、思いっきり泣けるのに。
誰にも見つからずに泣けるのに。
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