いじわる


朝起きてカーテンを開ければ、雨が降っていて、少しだけ嬉しくなる。
今までなら、嫌で憂鬱でしょうがなかったのに、ジローくんと帰ったあの日からなんだか心がはねついて落ち着かない。
折り畳み傘をさしてもあまりさしてないのと変わらない状況にまた友人にバカにされると思うと少しだけ苦笑いしたけど、今日も昨日みたいにまた会えるかもしれないなんて思えば全然気にならなかった。

その日もぽっかりと隣の席はあいたまま、いつものように何事もなく一日が過ぎて行き、呆けてたらいつの間にか帰りのホームルームになっていて、少し驚いた。
雨はやむことなく降り続けていて、グラウンドに水たまりがいくつもできているのが窓から見える。靴濡れないといいな、そんなことを思いながら鞄に荷物を詰め込んで、鞄から覗いていた折り畳み傘は見えないように一番奥にしまった。
今日もまた、ジローくんに会えるかもしれない。
ゆっくり階段をおりれば、いつも以上に帰る生徒たちで賑わっていた。
さまざまな色の傘がたくさん集まってなんだかきれいだな、なんて思いながら私はいつの間にかジローくんの青い傘を探していて、ちょっと自分に呆れた。
期待してばっか。
そんな簡単にいくものじゃないのにね。
私は鞄をあけ、折り畳み傘を取り出そうとしてその動きをやめた。目の前に青い大きな傘をさした男子がいたからだ。

ジローくんだ。
見間違えるわけがない。
ゆっくり振り返ったその人はやっぱりジローくんだった。


『ジローくん、帰り?』
「うん」
『そっか』
「にこちゃん待ってた」
『え?』
「この時間ならいると思って、にこちゃんを待ってた」
『私を……?』
「傘、持ってきた?」


私はその言葉に思わず首を振った。
そっか、よかった、なんてジローくんは笑って私の手をとる。
あたたかい。やっぱりジローくんの手はあたたかくて安心する。


「昨日も待ってたんだC」
『昨日も?』
「待っても待ってもにこちゃん来ないから、もう帰ったのかと思って俺も帰ろうとしてたとこだったの、あん時」
『そう、だったんだ……』


偶然だけど偶然じゃないみたいな。昨日ジローくんと会えたのは、必然だったのかも。私とジローくんは繋がってるのかもしれない、なんて、自惚れたくなった。


「でも今日もこうやって、にこちゃんと一緒に帰れてウレC〜」


そう言って笑いながら私の顔を覗き込んでくるから、ますます顔が火照ってあつくってしょうがない。
きっと女の子慣れしているだろうジローくんの言葉は、ただ女の子を喜ばせるだけの言葉なのかもしれない。分かりきっていることだけれど、それでも求めてしまっている私はその時点でジローくんと同罪だ。寧ろ私の方が罪は重いかもしれない。
いつの間にか小降りだった雨は、大粒の雨になっていてジローくんの肩が濡れて服の色が変わっていた。
冷たいだろうに。気持ち悪いだろうに。なのにジローくんは私が濡れないようにしてくれる。
やっぱり優しいなぁ、ジローくんは。本当に、苦しくなるくらい優しい。
だから、私は思わず言ってしまったんだ。少しでもこの苦しさがつたわればいいのになんて考えて。


『ねぇ、ジローくん』
「んー?」
『ジローくんは、何で私のこと待ってたの?』
「……」
『ジローくん?』
「なんとなく」
『……本当に?』
「どういう、意味?」


ぴたりとジローくんの足が止まった。
俯いてしまって顔が見えないけれど、私の手を握っている手が少し震えている。
ああ、言わなければよかった。最悪だ。最低だ。


『ごめん、なんでもない。今のは忘れて』
「……ん」


そう言って何事もなかったように私たちは歩き出したけれど、家につくまでの間私とジローくんの間には会話の一つもなかった。
今日もまたジローくんの背中を小さくなるまで見つめる。
私は少しだけジローくんに意地悪をしてしまった。ジローくんの優しさにつけこんで。
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