なきたいほどやさしい


彼の手は想像していた通り大きくて、あたたかくて。それに比べて私はなんて冷たい手なんだろうと思う。私の手が彼の手を冷たくしてしまうのではないか、と考えると、とても恐ろしいことをしている気がして、早くこの手を離してしまいたいのに、しっかりとつながれた手は離れない。
いや、離したくないだけなのかもしれない。
初めて触れた温度があまりにも心地よいものだと知ってしまったから。


『芥川くん』
「ジロー」
『え?』
「ジローって呼んで。芥川くんってなんかむずがゆい」
『……ジローくんってやさしいね』
「いきなりなんだC」
『だってジローくんの手あたたかい』
「それ逆じゃね?」
『ううん、きっとそう』


そう言えば、ジローくんは、変なヤツなんて言って笑った。
握っている手はあたたかいけど、傘がこちらに傾いてるせいでジローくんの肩はずっと濡れていて、きっとつめたいだろう。
それでもこの手を離すことはできなかった。
雨は未だに強く、やむ気配すらない。


「家どこ?」
『こっち』


彼の歩幅は意外にも小さくて、私でもあわせやすい。
もうすぐ家についてしまうことがとても残念に思えて、ぎゅっと彼の手を握ってしまった。ジローくんは前を向いたまま何も言わない。ただ静かに雨粒を睨み付けている。


『ねぇ、ジローくん』
「ん?」
『ジローくんは私のこと知ってる?』
「……知らない」
『そっか』
「うん」
『私、ジローくんの隣の席の橘にこって言うんだ』
「にこちゃん」
『うん』


やっぱり。ジローくんは私のこと知らなかった。
でも、これできっと名前を憶えてもらえた。
明日には忘れられているかもしれないけれど、この一瞬だけでいい。
ジローくんの中に私という存在がいることがうれしかった。


『ジローくんは明日……』
「ん?」
『ううん、なんでもない』
「そう」


言ってどうなるんだろ。
ぽつりぽつりと小さく交わされる会話は何だか雨に似ている。
冷たい空気が鼻の奥をツンとさせた。
それから会話が次第になくなっていって、とうとう家についてしまった。
私がまたね、と言うと、ジローくんはバイバイと言った。
今来た道を戻っていくジローくんの姿を玄関先から見ていたけれど、彼は一度も振り返らなかった。
なんだか涙が出そうになった。
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