はじめてのぬくもり


雨が降っている。昨日も今日も降っている。梅雨は嫌いだ。
学校の行きかえりはぬれるし、髪の毛もうねるし、傘も持たなきゃいけないし。
それになにより、雨の日はあの人が来ない。


「今日も来てないね、ジローくん」
『うん』


ジローくんこと芥川慈郎くんは、この氷帝学園の生徒で、あの有名なテニス部のレギュラーのひとりである。そのため、彼の存在は学園中に知られ、私ももちろん知っていた。
彼はかっこいいだけではなく、とってもかわいいし、寝ている姿も母性本能をくすぐられるようで、その魅力に学園中の女子生徒は彼をほうっておかなかった。
誰が好きだの、誰と付き合ってるだの、タイプはなんだのさまざまな噂が飛び交い、高校になってからもその勢いは止まらない。
そんな彼が私の隣の席になったのはつい先日のことだ。


ジローくんが雨の日に教室に来なくなったのは、今年に入ってからだという。
最初は私のことが嫌いすぎて隣にもいたくなかったのか、なんて悲しくなったけれど、友人に聞くところによるとそうではないみたいだ。
噂によれば、雨の日は昔付き合ってた彼女のことを思い出すから、とか。
ふうん、彼女か。
思い出してしまうほど愛された彼女。しかもジローくんに。なんてうらやましいんだろう。


何事もなく、いつもと変わらない一日を過して、私はさっさと下校することにした。部活にも入ってない私は放課後残る必要性もない。また雨も降ってきそうだし。そう思って校舎を出ようとすれば、雨が大降りになった。タイミング悪すぎ。
折り畳み傘しか持ってきていなかった私にとっては拷問だ。こんな小さな傘じゃさしていないのと同じ。結局びしょびしょになるのがオチ。
それならば小降りになるのを待っている方がマシだ。
私は壁に寄りかかってぼんやりと空を見上げた。結局今日もあの人は来なかった。分かりきってたけど、それでも、今日こそは、と少しでも期待していた自分がいてなんだか切なくなった。
西の空は未だに真っ黒。いつになったら帰れるんだろう、私は。


「傘、持ってないの?」


突然聞こえた声にびっくりしてまわりを見渡せば、隣に青い大きな傘をさした男子生徒が立っている。
顔が見えないその人は、もう一度、傘ないの?と聞いてきた。
ないことはない。でもなんとなくそれが言えないで躊躇っていると、その人が少し傘を挙げて、一緒に入る?と聞いてきた。
私は思わず素っ頓狂な声を出しそうになるくらい驚いた。その人は、私の隣の席のジローくんだったからだ。
どうして彼がここに。学校にすら来ていないと思ったのに。……雨なのに。
今までどこにいたの?何をしていたの?それに何よりどうして私なんかに声をかけてきたの?
驚きでいっぱいいっぱいの私の手をいきなりとって、ジローくんは彼の傘の中に私を引きずり込んだ。
雨が降りしきる梅雨某日、彼の温度にふれたのはこれが初めてだった。

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