いまだけでいいから


朝から気持ちのいいくらいに晴れていた今日の女子の体育の授業は外になってしまった。
夏も間近に迫ったこの時期に外だなんて自殺行為だ、なんて言いながらテニスコートに向かう。この学校のテニスコートは特別綺麗に整備されていて、それもこれもテニス部部長の跡部くんのおかげなんだけど、やっぱりお金持ちの考えることは違うなーって思う。それを許しちゃう学校も学校だけど。
テニスかぁ。私はあまり球技は得意じゃない。速いボールに体が追いついてこないのだ。それにラケットを振る力もあまりないし。
少しだけ憂鬱。でも、彼はあんなに器用に素人でもわかるぐらい上手にテニスをやっている。
彼に教えてもらえば私も少しは上達するのかな。


『何考えてるんだろ、私』


馬鹿馬鹿しい。
そんな機会なんて一生くるわけないのに。
友人が打つボールを必死に追いかける。全然うまくいかない。なんかボールにもてあそばれてる気分。こんな授業はやく終わってしまえ。


「もっと体全体使って」


女子しかいないはずのコートに男子生徒の声が聞こえる。しかも私に向かって。私にしか聞こえない声で。
後ろのフェンス越しに見えたのは、もう見慣れてしまったあのはちみつ色の髪で、ドクンと胸が波打った。


『じ……ろーくん……』


ジローくんがいる。
嬉しさと同時に、先ほど忍足くんに言われた言葉を思い出して、頭の中がごちゃまぜになってパンクしそうだ。


「にこちゃん、ボールに集中しなきゃダメだC」
『あっ、うん』


それから何度もアドバイスをもらった。するとどうだろう、さっきまで重かった体が動くようになり、ボールもネットをこえるようになった。
言葉だけだけど、ジローくんの教え方がうまかったのかなんなのか。
憂鬱さもどこへやら、なんだかすっごく楽しくて、それになによりジローくんに教えてもらったという事実が嬉しくて嬉しくて仕方がない。
そうこうしているうちに授業も終わった。幸い、授業は4限目だったから、終わったあと、友人に断ってジローくんのいるフェンス裏に行くことにした。


ジローくんはもう木に寄りかかっていて、お弁当を広げていた。かわいいオレンジ色のお弁当箱。昼休みに入ったばかりなせいか、ここはとても静かで、なんだかお昼寝にはぴったりだな、なんて思った。


『ジローくん』
「にこちゃん」
『さっきはありがとう』
「にこちゃん、最初テニスのこと嫌いって思ってたっしょ」
『……ごめんなさい』
「なんで謝んの?」
『だって、ジローくんの大好きなテニスのこと悪く言っちゃったようなもんだし』
「大丈夫だC〜。だってにこちゃん最終的には楽しいって思ってくれたでしょ?」
『うん』
「ね、テニスって楽しいんだよ」


そう言ってジローくんはふんわり笑った。
なんだか胸がきゅっと苦しくなる。
ジローくんは本当にテニスのことが好きなんだなぁ。
隣すわりなよ、なんて言われて素直に腰を下ろして私もお弁当を広げる。
しまったこんなことならもっと頑張って作ればよかった。ちょっと失敗した卵焼きをつついていれば、ジローくんが私のお弁当をじっと見ているのに気付いた。


「これにこちゃんの手作りー?」
『うん、一応』
「まじまじ!?すっげー!」
『すごくなんかないよ……失敗しちゃったし』
「そんなことないC!その卵焼きとかめっちゃうまそうじゃん!」
『甘いのだけど食べられる?』
「くれんの!?」
『あげる』


ウレCなんて目を輝かせて言うから嬉しくてしょうがなくて。箸でつまんで卵焼きを差し出せば、ジローくんはぱくりとそのまま食べた。


「すっげー!まじまじ超うっめぇ!」
『ありがとう』


その言葉が嬉しくて嬉しくてどうしようもないのだけれど。
あれ、うそだ。これって間接キスじゃ……。
顔に熱がたまってきた。どうしよう、まだご飯全部食べきってないのに。
ああ、でもなんかいいなぁ、こういうの。
彼氏彼女みたいで。
でも、本当にいいのかな。
忍足くんの言葉が何度も何度も頭の中で響いてる。
わかってる。彼の特別になんてなれないって。友達以上の関係になることなんて許されないって、ちゃんとわかってるんだよ。
ジローくんと一緒にいるのは楽しいし、幸せ。
今だけは。今だけでいいから、彼との時間にひたっていたかった。どうせ、もうすぐ終わるんだから。
西の空に真っ黒な雲。今日は待ちに待った雨が降る。
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