ちゅうこく


昨日は何事もなかったように、ジローくんは笑顔で私と別れて自分の家へと入って行った。
でも、向日くんのあの驚いた顔、忍足くんの私への目線。
ジローくんは気にするなって言いたかったのかもしれないけど、どうしても忘れられなくって、なかったことになんてできなくて、ずっとモヤモヤしてしまう。


「なーに難しい顔してんの」
『別に何でもないし』
「何怒ってんのよ」
『怒ってないってば』


ホームルーム前の休み時間、目の前に座った友人に思いっきりため息を吐かれて、頭を軽く叩かれる。私が機嫌悪い時に友人がよくする行動で、彼女いわく落ち着けっていう意味らしい。


「あんたにお客さん」
『お客……?誰?』
「忍足くん」


ドアを指差す友人につられてその方向を見ると、こちらをじっと見つめている男子と目があった。
忍足くんだ。
周りの黄色い声にまぎれて、ちょっとええか?なんて言って忍足くんは中庭に私を誘った。この間猫とジローくんが一緒にいた、あの大きな木の陰まで来ると、その木に忍足くんはもたれかかる。


「前々から橘さんに聞きたいことあったんやけど」
『私に?』
「ジローに近づいてるんは冷やかしかなんかなん?」
『冷やかし?ごめん言ってる意味がわからない』


さっきの柔らかな表情とはいっぺんして、厳しい目つきに変わった忍足くんに見つめられる。
何を、言っているんだろう。背中に冷たい汗が伝って気持ちが悪い。
腕を組んだ忍足くんは、小さく息を吐いた。


「悪いけど、自分の恋叶わんと思う。もし叶ったとしても、お互い幸せになれるわけがない」
『な、んで……そんなこと、言うの?』
「……自分、ジローの元カノ見たことあるん?」
『……』
「どうやねん」
『……ないよ』
「……そんならええけどな、もしジローの気持ち利用しとるんやったらもうやめた方がええ。見てるこっちが胸糞悪い」


吐き捨てられた言葉が深く深く突き刺さってくる。
利用?利用していたかもしれない。胸糞悪い?確かにそうかもしれない。
たとえそうだとしても、気になる程度の半端な気持ちじゃなくて、本当に大好きだって、気づいてしまった。歯止めもきかなくて、あふれるばかりで、どうすることもできないこの気持ちを。
じゃあどうすればよかったの?
ジローくんに近づかなければよかったの?ジローくんが声をかけてきてくれたのに?
ジローくんへの気持ちに蓋をして、ジローくんのことを諦めて、ジローくんと笑い合ったことも忘れて、離れればいいの?
少しの可能性を期待して、自惚れることも間違いだったの?
私だって、駄目だってわかってるのに、でも、どうすればいいかなんてもうわかんなくて苦しくて息もできなくて。それなのに。


「これ以上ジローを困らせるのはやめたげてぇな……」


忍足くんは最後にそうつぶやくように言って、さっさと私から離れて校舎へと戻っていく。
ジローくんを困らせている?
ジローくんはいつも私に優しくて、大切に触れてくれていた。
でももしそれが、私の気持ちに気付いたジローくんが私のためにやっていてくれたことだったら?苦しみながら、傷つきながらやっていたことだとしたら?
私はただその場に立ち尽くして、見えなくなってもまだ背中を見続けていた。
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