つめたいかぜ


ジローくんは店番の途中だったらしく、さっきはその店番中に寝ていたためお母さんに怒られていたとこだったみたいだ。抜け出してきてよかったの、と聞けば、ホントはよくないなんてけろりと言うものだから私はびっくりして、ジローくんの手をつかんで立ち上がらせた。


『は、早く戻らないと!』
「A〜?大丈夫だよー」


何がおかしいのか慌てる私を見てジローくんは笑った。
いやいや、お母さんに申し訳なさすぎる。しかもこれでまたジローくんが怒られてしまったらそれこそ嫌だ。
それに。これ以上一緒にいると窒息死してしまいそう。
自分の中の気持ちが加速しているのに気付いてしまったから。


「ジローじゃん」


ジローくんの手を握ったまま公園をあとにしようとした時、ジローくんの名前を呼ぶ声が聞こえた。
塀を軽々と飛び越えて来たのは向日岳人くんで、その後ろで呆れた顔してついてきているのは忍足侑士くんだ。彼らもジローくんと同じテニス部で中学校からの友人で、彼らの人気も相当なものだ。
なんだか有名人を見つめているように感じて、でもジローくんだって同じようなものなのにと思うと、それがおかしくてしょうがない。
向日くんはジローくんに、さぼってんなよなんて笑って言いながらこちらに走り寄ってくる。
少しだけはっとした顔のジローくんは、まるでかばうように私を後ろに隠そうとしたけれど、そこで私の存在に気付いたらしい向日くんは大きく目を見開いた。


『?』
「は?なんで?」
『え?』
「なんで、ここにお前が」
「向日!」


急に大きな声を出したジローくんは肩を震わせている。
ジローくんの後ろにいる私には彼の顔が見えない。


「だって、ジロー……悪い冗談はよせよ」
「向日に何か言われる筋合いなんてない」
「はぁ?なんなんだよそれ!」
「俺が何しようが向日には関係ないっつってんの」
「おい、ジローふざけんなよ」
「そこまでや」


お互い胸倉を掴んだ二人の間に、向日くんの後ろで静かに見守っていた忍足くんが仲裁に入ってくれた。
ひとまず離れた二人にほっと胸をなでおろすと、忍足くんと目があって、私は思わず唾を飲み込んだ。
冷たい目。何を考えてるのかわからない。でも自分の中に入って来るなと告げているような目だった。


「橘さん堪忍な」
『……ううん』
「橘?」
「ほら、岳人さっさと帰んで」
「え!?あ、おいっ侑士!」


なんだか嵐のようだった。
私たち二人を残して、忍足くんは向日くんを無理やり連れてこの場を後にした。
ジローくんはというと、何事もなかったように笑って私を振り返って、帰ろうと言ってきた。何も言えずに、ただその言葉にうなずけば、ジローくんは私の手を握って歩き出す。
指の先まで冷たくなったジローくんの手。それは私の知らない人の手のようで、少しだけ怖くなった。
ジローくんの家までの帰り道、私たち二人の間には一つの会話もなく、ただ黙って真正面を向いたまま歩いていた。
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