豊前江という刀は

「なぁ、えっと、加州?だっけか」
「どうしたの豊前江」
「加州はここの初期刀なんだよな?」
「うん、そうだよ、俺は主の初期刀」
「聞きてえことがあんだけどよ……」
「うん?」
「主はいつもあんな感じなのか?」
「あー……俺から言うのもなんだし、直接話してみれば?」


じゃあ俺これから遠征だから、と、加州清光は赤い襟巻をなびかせながら颯爽と去っていった。
直接話してみろ、と言われても、と頭を抱えて、唸る。
ここに来て一週間、最初の挨拶もそこそこに、目線も合わせてくれず、避けられているような、でもそれでいて、どこからともなく視線だけが刺さってくる。
そんなむず痒い状況にいたたまれず、主と話をしてみようと試みたが、あれよあれよという間に話を流されて、目の前から消えてしまう。ほとほと困り果ててようやく、初期刀である加州に尋ねてみたのだが、結局この有様。
大きな声で叫びながら走りだしたい気分だ。


『あの、豊前江さん?』
「!」
『体調でも悪い……ですか?』


好機。
主には悪いが、多分これを逃したら、しばらくは機会なんぞやってこない気がする。
心配をして伸ばしてくる手を捉えて、引き寄せれば、体勢を崩した主は俺の上に倒れこんできて、慌てて退こうとするその腰を抱けば、悲鳴じみた息を漏らした。


「やーっと捕まえたちゃ」
『騙したんですか!?』
「人聞きが悪いだろ」
『だって!』


あ、今やっと、目が合った。
俺の主はこんな顔をしていたのか、とまじまじと見つめていれば、急に黙ったのが心配だったのか、俺の名前を呼ぶ。
なんだかそれがとても擽ったい。


「なあ主」
『……なんでしょう』
「どうして俺のことを避けるんだよ」
『え、』
「避けてるだろ。勘違いとは言わせねえからな」
『……』
「理由を言ってくれ」


視線が右から左へ、左から右へ、何度か彷徨って、ぎゅっと口を噤む。
そんなに言いにくいことだろうか。もしかして嫌われているのだろうか。
人の気持ちとやらはまだよくわからないが、何故かひんやりしたものが、背中を伝う。


『いや、あの、豊前江さんは、』
「おう」
『なんというか、あの、私の感じ方ではあるんですけど、』
「うん?」
『なんかこう、憧れの先輩って感じで、』
「先輩、ねえ」
『近づくのも烏滸がましいっていうか、遠くで見てるだけで十分っていうか、』
「ふうん」


なるほど、ねえ?


「ってことは、主は俺のことが嫌いってわけじゃねーんだな」
『へ、』
「そういうことだよな?」
『は、はい、それはもちろん』


腰を抱いていた腕に少し力を籠めれば、より近くなる距離に、主は悲鳴にもならない声を上げる。
それがなんだかおかしくて、心の奥底から湧き上がるふつふつとした気持ちがなんなのかわからないけれど、笑いが止まらない。
耳まで真っ赤に染めた主が、少し怒気の籠った声で、俺の名を呼ぶ。
その目は俺だけをしっかり映していて、もっとこの名を呼んで欲しいと思う。
はらり、舞った桜の花びらを見て、ああ、このふつふつしたものは、嬉しかったのだ、と気付いた。



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