たけのこ梅雨

四月の終わりから降り続く雨が、田植えを待ちわびる大地をゆっくりと濡らしている。
執務室の障子戸を開ければ、水気を含んだようなしっとりとした風が入り込んできて、
そっと頬を撫でていった。


『五月初めに降る雨を、たけのこ梅雨って言うんだって』


ちょっとした息抜きの会話くらい、許されるだろう。共に仕事をしていた今日の近侍、五月雨江に声をかけると、彼も立ち上がり横に並んで、外に目を向けた。


「五月雨、ではないのですね」
『五月雨の五月は、旧暦だからね』
「合点がいきました」
『もともとはこの時期に吹く南東風のことらしいんだけど』
「いつしか雨にも用いるようになったのですね」
『そうみたい』


五月雨江は本棚にあった歳時記を手に取ると、たけのこづゆ、たけのこづゆと何度も唱えながら、捲っていく。漸くたどり着いたのか、言葉を発するのをやめた五月雨江の傍に寄り、覗き込んだたけのこ梅雨の頁には、その説明といくつかの句と、小さくたけのこの挿絵があった。


『たけのこ梅雨かあ……』
「はい」
『……たけのこ食べたくなっちゃった』


五月雨江の口元にじわり笑みが滲む。
相変わらずの食い気、とでも言いたいのだろうか。
睨んでみたものの、流石にもう効果はないみたいだ。
緩む口元を必死に堪えているけれど、肩は小さく揺れている。小突けば堪らず吹き出した。


「雨が上がったら、散歩のついでに見つけてきましょう」
『笑いながら言うの辞めてよ』
「すみません、頭」
『でもまあ、掘るのはまかせて』
「おや、頭はたけのこを採ったことがあるのですか」
『おばあちゃん家の裏に竹藪があったからね。たけのこはよく採っていたんだよ』
「そうだったのですか」
『土から出てきたあたまを見つけたら、たけのこのまわりをぐるりと掘って、根元が見えたら、てこの原理でね、』
「ふふ、頭がたけのこを採る姿見てみたいものですね」
『何言ってるの、もちろん一緒にたくさん収穫しないと』
「……そうですね」
『うん、そうだよ』


五月雨江は、一緒に、とかみしめるように呟き、再び視線を外に向ける。
つられて目を向けた先の、庭に咲く文目の花弁に、雨粒が落ちて大きく跳ねた。


「雨は好きですが……」


五月雨江は、愛し気に雨粒の行方を見つめた後、そっと目を閉じる。


「今は、雨が上がるのがとても待ち遠しい」


風に乗って、みずみずしい若葉の香りが鼻を擽った気がした。
雨が上がるのは、意外とすぐかもしれない。


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