ひとやすみ

連日の特命調査により政府への報告書が滞り始めている。
今日も近侍の清光と、補佐を申し出てくれた長谷部とで手分けして書類作成に明け暮れていた。
徹夜もしてしまった目はだんだん霞み始めてきて、流石に限界と、固まった身体をほぐしていれば、舟をこぐ二人が視界に入ってきた。
しばしの休憩と、二人を仮眠させ、その間に使わない資料を書庫に持って行こうと、廊下に出た時だった。


「主」


ふいに呼ばれて、書類の山を越えて目線を先に伸ばすと、鶯丸が縁側でゆったりとお茶を飲んでいた。
今日って確か馬当番じゃなかったっけ。
そう思ったのが本人にも分かったのだろう、大包平が馬と心通わせているところだ、と楽しそうに言う。
大包平に押し付けたことをそんな堂々と、と言おうとしたけれど、きっと、適材適所だ、とかなんとか言ってごまかされるに違いない。
鶯丸とは、この本丸に来て間もない頃からの仲だから、なんだかんだと丸め込まれてしまうのが分かってしまうので、何も言わずにいると、少しだけつまらなそうにお茶をすすった。


「主もここに座るといい」
『いや……この資料書庫に戻してこなきゃいけないんだけど』
「そんなもの、俺があとで運んでやろう。なんなら大包平もつけようか」


絶対大包平ひとりにやらせるつもりだ!
あとでなんだかんだで私が怒られる未来が見えてしまったので、さっさと書庫に向かおうと、その場を後にしようと思ったが、袴の裾を引かれて、動くことが叶わなくなってしまった。
抗議の目を向けてみたけれど、どこ吹く風。
私はこれ見よがしにため息を吐いて、資料を一度部屋に置くと、再び縁側に向かい、鶯丸の隣に腰かけた。
満足そうにしている鶯丸と目が合って、彼を強く拒めない自分に、なんだかな、と少しだけ悔しくなった。


「なあ主」
『なに』
「今日はいい天気だろう?」
『そうだね』
「こういう日は茶がすすむ」
『……鶯丸に限ってはいつもでは?』
「まあ違いない」


わざわざ呼び止めておいて天気の話って。のんびりとした雰囲気に調子狂いそうになる。
そわつく気持ちからか、ぶらぶらとさせていた足を、そっと片手で止められて、思わず犬のように唸ってしまえば、笑われてしまった。


『もう、笑わないでよ』
「ふむ、牛当番も必要かもしれないな」
『鶯丸!』
「冗談だ」


このままここに居続けたら、未だ楽しそうに笑う鶯丸の餌食だ。
そう、彼は、お茶のお供に揶揄う相手が欲しくなった、ただの気まぐれおじいちゃんだ。
真剣に相手するだけ無駄なのがわかっているから、むきになりたくないのに、ついつい食いついてしまう。いい鴨だ。


『私はおじいちゃんの鶯丸と違ってやることがいっぱいあるんですけど』
「お前は時折俺をじじい扱いするが、こんなにも見目が若いのによく言う」
『中身だよ、中身』
「心外だな、立派に主の命を努めているはずだが?」
『そうだね!いつもありがとう!』
「そんな正直に言ってくれるとは、流石の俺も照れる」


どの口が言う。
彼の耳には皮肉も届かない。いや、皮肉と分かっていながらそれすら楽しんでいる。
私の言葉をさらりと流しながら、楽しそうに口元に笑みを浮かべただけで、いつも通りに茶をすする鶯丸を横目に、大きく息を吐きだす。伸びをした先に、ようやく視界に入ってきた空は、鶯丸の言う通り雲一つない青空だった。
そのまましばらくぼうっと空を見つめていると、ふいにこちらへ向かう足音が聞こえてきた。


「鶯丸さま……ああ、主君もおいででしたか」
『平野?どうしたの?』
「鶯丸さまがご所望だったものを持ってきました」
「平野、いいところにきた。お前も此方に来て座るといい」
「はい」
「さあ、主」
『え?これ、梅干し?』
「日向が漬けていたものを少し分けてもらうよう平野に頼んだんだ」


茶請けにちょうどいいだろう、と言いながら、私の顎を掴むと、空気を求めて自然と開いた口につまんだひとつを放り込む。
酸っぱさが口の中に広がって、噎せてしまった私の背中を平野がさすってくれた。


「どうだ、うまいだろう」
『お、おいしいけど、』
「主君、お茶を飲んでください。鶯丸さまも口にいきなり放り込んではいけませんよ」
「平野に怒られてしまった」


肩を竦めて見せたけれど、その顔は笑ったまま、反省の色ひとつない。
そろそろ大包平を迎えに行ってやろう、そう言いながら鶯丸は空になった湯呑みを盆に返すと、立ち上がって、厩舎の方へ歩き出す。
その後ろ姿を見送っていると、平野が私を呼んだ。


「鶯丸さまをあまり怒らないであげてくださいね」
『うん、分かってる』


彼は彼なりに、彼のやり方で、私を休ませようとしてくれたんだと、解ってしまう。
きっと普通に休めって言われても私が休まないのを分かっているだろうから。
現にすっかり力が抜けてしまった。
このお茶も梅干しも、私のためのものだ。
熱すぎもせず、ぬるくもない、ちょうどいい飲みやすさのお茶が、じんわりと身体を温めてくれる。


「素直にお伝えすればいいのに、本当、不器用なんですから」
『ふふ、そうでもないよ』


そのうち賑やかな声を伴って、こちらに戻ってくるに違いない。
それまで、彼がせっかく用意してくれたこのひとときの時間を、ゆっくり味わってやろうじゃないか。


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