お迎えわんこ

終業間近に上司に捕まって、残業を頼まれたあげく、遅くなったからお詫びにと飲みに連れ出されてしまった。
自分自身は一、二杯にとどめたものの、酒好きの上司は仕事終わりのビール最高!とか言いながら何杯もおかわりして、長時間の愚痴に付き合わせた上に酔いつぶれてしまった。
お詫びっていったいなんだったのだろうか、ただお酒が飲みたかっただけの口実に過ぎないだろう。
流石に眠ってしまった上司をそのままにしておけず、家まで送り届けてあげたら、もうこんな時間。時計の針が天井を指そうとしているところだった。
今から本丸に帰ったら何時だろう。日付も変わっちゃうし、みんなはもう寝てるかな。
頼りない街灯が点々と、それを辿りながら歩けば、冷たくなった風がふきぬけていった。
足元を見ながらため息のような深い息を吐きだして、星空でも見てやろうと、顔を上げれば、そこには見知った顔の男がいた。


『え、なんで』
「頭」


いつもの戦闘服ではなく、現代に合わせた装いで私の前に立っていたのは五月雨江だった。
審神者をしている限り、現代においても狙われることが少なくないため、刀剣男士が迎えにくることはわりとあることだ。そのため各本丸においていくつか現代服が用意されている。
たまにファッションショーみたいなことをして遊んでいる男士も見かけたりするくらい、気軽に扱えるものではあるけれど、しかし現代に行くことに関しては事前許可というものが必要で、緊急性があるようなよっぽどのことがない限りは、こちらに向かうことはできないはずだ。
それなのに、どうして。
混乱しているうちに、五月雨江は一歩二歩と距離を縮めてくると、私の手を取り、安堵したように深く息を吐く。いつもはあまり変わらない表情が、今日は少し余裕なく乱れていた。


「早く帰ると言ったのに、遅かったではないですか」
『えーっと、ごめん?』
「いえ、……その、謝って欲しかったわけではないのです」
『心配した?』
「当たり前です!」


怒った顔初めて見たな、なんてぼんやりと五月雨江の顔を見ていると、さらに、頭聞いていますか、と怒られてしまった。それすらなんかちょっと嬉しくなってしまって、口元が緩んでしまったことに気づいたのだろう。気に障ったのか五月雨江は手を引くと、息が触れてしまうほどの距離でそのままじっと顔を覗きこんできた。


「もしや酔っていますね?」
『まさか』
「頭から酒の匂いがします」
『う、』
「それに、」


さらに手を引いて、腰を抱かれて、より近づく距離に驚いて声も出せないでいれば、不意に首元で息を吸われる。やっと匂いを嗅がれたと気付いて、あまりの恥ずかしさに、彼の腕から逃れようと必死に身を捩ってみたけれど、びくともしない。抗議の声を上げ続けるも、完全に無視され、だんだんと抵抗の意思が削げ落ちてきたときに、ぽつり、五月雨江がつぶやいた。


「頭から私の知らない匂いがします」
『えっ!?』
「もしや他の男の部屋にいたのですか」
『え、ちょ、さみ、』
「慌てるということはなにかやましいことでもしたのでしょうか」
『ちょ、ちょっと待ってってば』
「……なんですか」
『誤解だって、上司と飲んで、部屋に送り届けただけだよ』
「何も誤解していません」
『もう!だから!違う!」
「何も違わないでしょう?」


五月雨江という刀はこんなにも人の話を聞こうとしない男だっただろうか。
表情が見えないので、何を考えているのかもわからないし、矢継ぎ早に返ってくる言葉に思考が追い付かなくて頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
そもそもなにも悪いことしていないのに、なんでこんなに責められなくちゃならないんだろう。そう考えたらなんだかこっちも無性に腹が立ってきた。


『あーもう!』
「……頭?」
『上司は女の人なんだってば!』
「え?」
『だから何もないの!本当にただそれだけ!』
「……本当でしょうか?」
『私があなたに嘘をつくとでも?』
「……以前私の大福を食べていないと嘘をついていました」
『そ、それは!あとで謝ったでしょ!』
「はい、お詫びの品も受け取りました」
『って、それとこれとは話が違う!ちゃんと私の話聞いて!』
「はい」
『一緒に飲んでた上司が酔いつぶれたから、そのままにしておけなくて部屋まで送り届けた、それ以上も以下もない!ど健全!分かった!?』
「……」
『……分かった?』
「……はい」
『って何笑ってんの』
「いえ、……安心しました」
『……あっそ』


安心したってなによそれ。
思いがけない言葉に、顔が火照ってきてしまって、あまりにも恥ずかしすぎる。
ようやくほどけた腕の中から急いで抜け出したけれど、彼が伸ばした手に捕まって、あっという間に指を絡めとられてしまった。指の腹がその感触を確かめるようにやわらかく手の甲を撫ぜていく。
顔を上げると、五月雨江はやけにほっとした顔をしていたので、言葉がつまりそうになった。


『……どうやってここに来たの』
「頭があまりにも遅いので何かあったのかと思い、こんのすけに頼みました」
『……そう』


本当に私のことが心配で来てくれたんだろう。
私もちゃんと連絡していなかったから、状況も分からないだろうし、どこかで痛い思いをしていないか、悲しい思いをしていないか、きっと、ずっと心配で、心配で……現代に行ける許可が貰えるよう必死に訴え続けて……きっとそうじゃなきゃ、こんのすけ……政府が許さないだろうし。
さっきは、なんでこんなに怒ってるんだろう、なんでこんなに責められなくちゃならないんだろうと思っていたけれど、自分が考えていた以上に大切にしてもらってるんだな、って思うと、無性に泣きたくなってしまった。
きゅっとしまった喉から出てきた、ありがとうという言葉は、あまりにも小さくて聞こえていたかはわからないけれど、手に少しだけ力を込めた五月雨江は、一緒に帰りましょう、と言って、優しく笑んでくれた。




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