覚え語る夏よ

しばらく使わないであろう資料を、倉庫に片付けようと長い廊下を進んでいると、風に攫われた数枚の紙が、縁側に座っていた五月雨江のそばに飛んで行ってしまった。
何かを書きつけていたらしい五月雨江はそれに気づいたのか、手に持っていたものを脇に置いて、紙を拾い上げると綺麗に整えて私に差し出してくれた。


「資料室に持って行くのですか?」
『ううん、これは倉庫に持って行こうと思って』


私もお供します、とわんとひと鳴き、先ほど傍らに置いたものを手に取って、ついでに私が持っていた資料も半分以上奪って、私の三歩後ろを歩く。
なんだかそれが少し寂しくなって、隣に並んで欲しくなって、私は五月雨江に話を振ってみた。


『そういえば、さみはさっきなにしてたの』
「ああ、……これを」


歩幅を自分のものに戻して私の隣に並んだ五月雨江は、少し恥ずかしそうに差し出すので、なんだろうと覗き込めば、和綴じの本だった。
表紙には押し花がちりばめてあり、そういえば、これに似た何かをどこかで見たことがある気がする。
どこだったかなあ、と考えていると、俳句を、と言いかけるので、そういえば和泉守兼定も同じものを持っていたことを思い出した。確か、俳句を作る際に使うといいと、之定がくれた、と嬉々として報告してくれたのは、和泉守兼定が顕現して間もない頃だったような。


『句集でも作るの?』
「句集、とまではいきませんが、せっかく人の身を得たのです。この心に浮かぶ言葉たちを書き留めたいと思っていたところ、和泉守や歌仙から助言を頂いたのです」
『これは歌仙が?』
「はい、まだ使っていないものだから、と」
『そっか』


江以外の刀と語る五月雨江を見たことがあまりなかったので、少し心配もしていたが、どうやら杞憂だったみたいだ。
俳句を通して、知らぬうちに仲良くなっていたのだろう。
刀剣男士同士が仲がいいのはとてもいいことだ。
季語だね、と言うと、五月雨江は、なんだか嬉しそうに、そうですね、と頷いた。
会話も途切れ、少しばかり遠い倉庫までの道のりを、しばらく黙って並んで歩いていると、やけにそわそわとしている五月雨江のしっぽが大きく揺れた。


『さみ、どうしたの』
「……大した事ではないのですが」
『うん』
「頭に聞きたいことがあるのです」
『なに?』
「……頭にとって、夏の季語はなんでしょうか?」
『え?』
「いえ、まさか頭と俳句の話が出来ると思っておらず、嬉しくなってしまって、つい……ですので、深い意味はないのです」


ああ、だからそわそわとしていたのか。
ひとりで俳句に向き合う楽しさに触れ、そして仲間も得て共に語り合うその楽しさを知ってしまった五月雨江は、自分以上に四季の移ろいに触れてきた人である私が、どう思い感じるかにきっと興味が出たのだろう。俳句の話題が出た今が好機、と、しっぽが大きく揺れてしまったに違いない。


『……夏の季語かぁ』
「!」
『そうだな……うーん……あー、そうめんとかすいかとか……かき氷……』
「……」
『ねえ、なにその顔』
「見事に食べ物ばかりだと」
『悪い?』
「頭らしいと思います」
『褒めてないからね、それ』
「まさか」


後ほど書きつけます、と、揶揄ってるのだか本気なのだか分からないことを言う五月雨江に足蹴で抗議してみたけど、びくともしなかった上に、全く気にもしてない顔で、話を続け始める。


「頭の夏の思い出はどんなものがあるのでしょうか」
『夏の思い出?』
「はい、頭は夏をどのように過ごされていたのか気になったのです」
『夏の思い出……夏の思い出ねえ……』
「なにかありますか?」
『うーん……私はやっぱり祖父母の家で過ごしてた思い出が一番かなぁ。夏休みになると必ず遊びに行ってたし、ひと月ほどそこで過ごしてたからね』
「どのように過ごされていたのですか」
『そうだなあ……おじいちゃんとよく散歩に出かけて……私弟がいるんだけど、3人で、じいちゃん探検隊って名前つけて、山道を歩いたり、植物を採取したり、川で遊んだりしてたかな……』
「季語にあふれていてとても楽しそうです」
『思い返すと懐かしいね』


朝は弟と宿題をして、終わったら外に飛び出して、疲れたらお昼寝して、起きたらまた外に出て冒険して、見るものすべて新鮮で、見つけたものをメモ帳に書きつけたりして……小学生くらいの時だったからもう曖昧なことも多いけど、そうやって過ごしていた気がする。ああ、そういえば。


『この本丸は、あの家に少し似ているかも』
「そうなのですか?」
『本丸の方がやっぱり広いけど、雰囲気とかね、どことなく。やっぱりこういうところでも自分自身の記憶とかが影響してるのかなぁ』
「そうかもしれませんね」
『あ、そうだ、もうひとつ思い出した』
「おや、なんでしょうか」
『家の近所に魚屋さんがあったんだけど、そこでおばあちゃんによくイカ天の串をねだってた気がする。衣がね、すっごくふわふわしてて、少し甘くて、おいしかったなあ……って、またにやにやして!』
「頭らしい思い出だな、と思っただけです」
『やっぱり食い気ばっかって馬鹿にしてない?』
「いいえ、そんなことありません」
『本当かなぁ』
「ええ、そんなこと、これっぽっちも」
『そう?』
「はい」


そう言いながら、ふと目を伏せた五月雨江は、どこか楽しそうに見える。
もっとお話ししてください、とねだるので、今日はゆっくり思い出語りでもしようか、と言うと、嬉しそうに、わんとひと声鳴いた。


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