柿食う客も好き好き

秋は夕暮れが美しいと言うが、行く人もないこの散歩道は、少々寂しさを感じてしまう。ふと、いつも隣にいてくれる人は、今何をしているのだろうか、そう思うと、足は自然と屋敷の方へ向いて、踏んでしまった枯草が冷たくなった風に飛ばされていった。


今日の近侍である桑名江に頭の居場所を尋ねれば、厨にいると言われて向かったところ、ちょうど厨当番の夕餉の支度の最中だった。
今日は秋野菜の天ぷらだよ、と堀川国広が言うので頷けば、確かに良い香りが鼻腔を擽る。
未だ慌ただしく回る厨当番を背に、真剣になにかと向き合う彼女を見つけて、その肩を叩くと、ぎゅっと寄せられていた眉間のしわがゆるゆると消えていった。


「頭、何をされているのですか」
『なんだと思う?』


目の前に差し出されたそれは、近すぎてぼやけてしまったが、この香りは確か、


「これは渋柿では?」
『うん、庭に植わってたやつだよ』
「まさか食すのですか?」


頭は含み笑いをしながら、近くに置いてあった袋の中の柿を一つとりだして、その皮に包丁を当てた。
柔らかく熟しているせいなのか、簡単に剥けてしまったそれを、四等分に切り分けると、その一切れをあろうことか唇に押し当ててくる。
食べろ、ということなのだろうか。いやでもこれは渋柿。どう考えても食べられるわけがない。


「渋くて食べられませんよ」
『それはどうかな?』
「!」


少し開いた唇を見逃さずに、彼女の中指が入り込んできて、舌を撫ぜるので、驚いて大きく開いてしまったそこに、待ってしましたと、柿が滑り込んだ。
柔らかな果肉がどろり、溶けるように舌を滑って、ゆっくり咀嚼すればあまり歯ごたえのないまま、嚥下する。
想像と違った濃い甘さに驚いていれば、ほのかに酒か何かの風味が鼻に抜けた。


『どう、甘い?』
「甘柿だったのですか?」
『れっきとした渋柿だよ』
「ですが、」


渋柿は渋いから渋柿なのでは、と食い下がるものの、未だ得意げにしている彼女は、傍に置いていた小鉢を差し出す。顔を近づけて匂いを嗅いでみれば、これは酒……いや、濃く甘い香りだ。芋のような……ああ、もしや焼酎だろうか?


「焼酎ですか?」
『うん、渋柿のへたの部分をね、焼酎につけてしばらく置くとね、甘くなるんだって』
「そうなのですか……知りませんでした」
『おばあちゃんがたまに作ってて、よく食べたんだ。結構柔らかいんだけど、甘さに深みがあっておいしくてね』
「確かに」
『くせになっちゃうでしょ?』
「……そうですね」


故郷の味だからだろうか、いつもよりはしゃぐ彼女の様子に、うっかり口元が緩みそうになる。
いつの間に夕餉の準備が済んだのだろうか。二人ともごはんができましたよ、と堀川が呼ぶので、その場を後にしようとすれば、彼女に裾を掴まれて、またあとで食べようね、と耳打ちをされる。
この意味合いがふたりで、ということではないのかもしれないけれど、それはそれで。彼女が居さえすれば。



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