ふたり、秋雨の夜

西の空から、どんよりとした雲がやってくるのが見えた。
音もなく、雲の隙間から、地面へと刺すような光が、幾度か見え始めて、背中に冷たいものが伝う。
早々に夕食も入浴も済ませ、布団にもぐりこんでみたが、そんな絶妙なタイミングで、この本丸を覆いつくしてしまったらしい。
揺れているのかと錯覚してしまうほどの、地面を這うような音がし始めて、それは唐突に勢いよく落ちた。

外に面する廊下を避けて、たどり着ける部屋、ここから一番近いのが五月雨江の部屋だった。
重たい布団を頭から被って、自分の背より少し長いせいで引きずるように走る。
あとで洗濯当番に怒られるかもしれないが、今は本当にそれどころじゃない。
追いかけてくるような轟音から逃げて逃げて、ようやくたどり着いたその部屋は暗い。
もう、寝てしまったのか。
絶望のような気持ちで立ち尽くしていれば、空気を震わせる衝撃音に思わず声を上げてしまった。


「頭?」
『五月雨江……』


ぼろぼろと目からこぼれ出す涙に、五月雨江は驚いて、少しだけ狼狽えていたが、雷の音に肩を震わせてしまったのが分かったのだろう、障子を人ひとり通れる分だけ開けて、中に導いてくれた。


「雷が怖かったのですか?」
『……』


ろくに返事も出来ずにいれば、どこか楽し気に私を見るので、睨んでみたけれど、その表情もかわいらしいですね、と一蹴されて終わった。ていうか、かわいらしいってなに。私今睨んだんだけど。
文句のひとつもふたつもみっつも言いたかったけれど、雷の勢いは収まるどころかどんどん近づいてきている気がして、私は思わず五月雨江の布団にもぐりこんだ。すぐそばにある体温に、少しだけほっとしてしまって悔しい。


「……秋の夜長に降り続く雨、もいいですが、今宵のような、空を割く秋雷轟く俄雨もなかなか良いものですね」
『全然よくない!眠れないじゃん!』
「頭、こちらへ」


伸びてきた手がそっと髪に触れたかと思えば、軽く私の頭を押さえて、五月雨江との距離はより近くなる。
彼に心臓があるのか、わからないけれど、彼の腕の中で小さく響く規則正しい音に、あやすような背中をたたく音が合わさって、だんだん心地よい気持ちになる。
どれぐらいそうしていたのだろう、いつの間にか雷は遠く、時折稲光だけが静かに部屋を照らす。
あんなに地面を強く打ち付けていた雨も、だんだんと静かになっている。
さっきまで怖かったのがうそのよう。
次第に落ち着く私の呼吸に、五月雨江はなにか感じ取ったのか、ふふ、と小さく息を漏らした。


「ゆっくりおやすみください」


重くなっていく瞼に少しだけ反抗して、おやすみ、と口を動かしてみたけれど、うまく言葉にできていたかどうか、分からない。
ぼんやりとした視界の隅で、五月雨江は、やさしくやさしく、笑んでいたような気がした。


top





×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -