俳句びより

八月十九日、日誌に書いた日付を眺めて、ふと浮かんだ語呂合わせ。
俳句の日、か。
連想ゲームのように、兼さんや五月雨江の顔が現れて、今何してるのかな、と気になってしまったらもう遅い。
何も手に付けられなくなって、思考はあちこちに飛んで行ってしまう。
兼さんは、……ああ、そういえば遠征をお願いしたんだっけ。
お昼すぎだし、歌仙が作ってくれた句帳を持って、その時代の四季を感じつつ、今頃作句しながらご飯を食べているかもしれない。
五月雨江はどうだろう。今日は非番だったはずだし、ちょっと様子を覗いてみようか。
ちょっと行って、ちょっと休憩して戻るだけだし、これくらいの休憩許してくれるよね?そう自分に言い訳をして、背伸びをしながら立ち上がった。


『さみ、いる?』
「はい」


長い廊下を進んだ先、閉め切った障子の向こうで静かに動く気配がある。
私の声に応えてゆっくりと開いた障子の向こうの広々とした部屋は、江の刀の相部屋であるにも関わらず、五月雨江以外は誰もいなかった。
みんなどこへ行ったのか尋ねると、みな畑当番の桑名江に連れて行かれたという。
当初は五月雨江も参加していたが、腹痛を訴えた村雲江と戻ってきたらしい、その村雲江は手入れ部屋で安静にしているようだ。
心配が顔に現れてしまったのか、五月雨江は、今は落ち着いていますよ、と言うので、ほっと胸をなでおろしていると、頭はどうしてここに、と言いたげな視線が突き刺さり、顔を上げれば、ぱちり、五月雨江と目が合う。


『さみ、あのさ、』
「はい」
『一緒に句会しようか』
「え」


聞き間違いだろうか、みたいな顔で固まってしまった五月雨江に笑ってしまう。


『そんなに驚かなくてもいいのに』
「いえ……私からお誘いすることはあっても、まさか頭から誘っていただけるとは思いもしませんでしたので」


なんだかんだとのらりくらり、俳句を共に詠もうと誘ってきた五月雨江を断り続けていたのである。どうして急に、とそう思うのも無理はないし、実際私だってそう思う。だけど、ほら、思い立ったが吉日だとも言うし?
日々執務に追われる身としては、たまにはこうやって、ゆっくりと景色を眺める時間があったって良いし、感じたことをそのままに書きつけたって良い。


『別にどうってことではないんだけど、』
「はい」
『日誌を書いている時に、今日の日付を見たら、さみの顔が浮かんじゃって』
「今日の日付、ですか?」
『うん、今日は8月19日でしょう?語呂合わせで俳句の日だな、って思って』
「ああ……」
『それだけだよ』


そう言うと、なんだかよくわからないツボに入ってしまったらしい五月雨江は、口元が緩みきったまま、なるほど、と口にした。


『……まあ句会って言ったって今日は兼さん遠征に行ってもらってるから、私しかいないけどね』
「頭と共に詠めるというだけで、私には十分です」


嬉しそうに目を伏せたかと思うと、いいこと思いついたと言わんばかりに瞼を開いて、その瞳に私を映す。期待が込められたその視線に、思わず口元が緩んでしまった。
それに気づいているのかいないのか、つられてやわらかく笑む五月雨江は私の小指に自分の小指を絡ませた。


「頭、今度非番の時に散歩に行きませんか」
『散歩?』
「はい、散歩をしながら共に四季を感じましょう。きっと良い季語が見つけられそうです。……ああ、そうだ、雲さんも誘いましょうか」
『ふふ、楽しそう』
「にぎやかな散歩になりそうです」
『……もちろん北へ?』
「はい、もちろん北へ」


ふたり見合って笑いあうと、五月雨江は、約束ですよ、と小指に力をこめた。


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