継承か消滅か ―桂花―

継承か、消滅か。
本丸の最期は、その本丸の主である審神者の意思によって決まる。
継承ならば、現本丸のまま新しい審神者に引き継がれ続いていくが、消滅ならば、その審神者の死、もしくは任を辞すると共に、本丸も、そして僕たち刀剣男士も消える。
僕の主、いや、彼女がどの選択肢を選んだのか、それは今ここに僕がいることがなによりの証明だろう。
じりじりと白い肌を焼け焦がしてしまうようなまぶしい夏の気配は去り、髪を攫うのは涼し気だけれどそれでいて実り含んだ秋の気配をたっぷりまとった風。
ああ、またこの季節が来る。
そう思うと、ふつふつと煮えたぎる血が全身を駆け回るようだった。


『松井は、金木犀って知ってる?』


あの日は確か夏の終わりかけの時期だったと思う。
その年の梅雨の時期に来た僕は、初めて迎える夏というものにうんざりとし、同時期に顕現した桑名との畑当番を嫌がって見せたりしていた。
そんな折、きっと彼女はその様子に思うところがあったのか、珍しく僕に近侍を頼んできた。
……いや、どうだろう、彼女のことだし。ただ単に政府への書類作成が思うようにいっていなかっただけかもしれない。
今となってはもうわかりえないことだけど、僕は内番というものにあまり乗り気ではなかったから、これは好機だと、二つ返事で引き受けた。
しばらくふたりでもくもくと作業をしていたが、一向に終わらない彼女の分の仕事もいくつか取り上げて、筆を走らせていると、それでも大量の書類整理から少しでも逃げたかったのだろう。
彼女は、傍らで戦績を整理していた僕にそう問うた。


「金木犀かい?あの橙色の小さな花が咲く樹木のことだよね」
『そう』
「それがどうかしたのかな?」
『私ね、金木犀の香りが一番好き』
「そうなんだ」
『秋になると、この本丸のどこにいても金木犀の香りがするんだよ』


そう言いながら彼女は、戸棚に大事にしまっていた小さな小瓶を手に取って、自身にふりかけると、ふわりと風に乗って、鼻の奥で、優しくて甘い香りがする。
ああ、この香りは、彼女の匂いだ。
常日頃、彼女が近くなるたびに、甘くしびれるような心地になるのは、きっとこのせいだったんだ。
主は僕を見て、いい匂いでしょう?と笑って言うので、なんだかたまらない気持ちになった。

だから僕は、秋があまり好きではないんだ。

庭のあちこちに植えられた、彼女のための金木犀が、花を付け、生き生きとしてその香を放つ。
息を吸えば、鼻の奥が痛くなってきて……ああ、鼻血が出そうだ。
何度秋を迎えても、この香りと共に沸き立つ気持ちは忘れられない。
忘れられないのに、もう彼女の顔が思い出せない。


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