薬研のホットチョコレート

今、何時だろうか。
書類に追われて、執務室にこもってから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
夕食のおうどんはどこへやら、ぐうとなるお腹に、集中が切れてしまった。
なにか食べようか。簡単なもの。ああ、でも甘いと一等良い。
厨の戸棚に確か羊羹があったような。ついでにお茶でもいれようか。玄米茶の香ばしい香りが恋しくなって、立ち上がるとほぼ同時に障子が開いた。


「よお、大将、おつかれさん」


落ち着いた低い声の主は、間違うはずもなく薬研で、部屋に入って机の上の書類を雑に払うと、そこに手に持っていた丸いおぼんを乗せた。薬研は私に視線で座るよう促すと、私の目の前に湯呑みをドンと置いたのだが……その中で板チョコがとけきれずに突き刺さっている。


『ねえ薬研』
「なんだ」
『これはなんだろう』
「なんだ大将は知らないのか。ほっとちょこれいとと言うらしい」
『ほっとちょこれいと?』
「ああ、ほっとちょこれいと」
『そっか』
「おう」
『……私の知っているホットチョコレートとはちょっと違うみたい』


きょとんとする薬研としばらく無言で見つめあった後、端末で検索した画像を見せたら、湯呑みと画像を何度か見比べて、まあ細かいことは気にすんな!あっはっは!と私の肩をたたいてきた。痛いんだけど。


『薬研って本当、そういうところあるよね……』
「あー……そうか?」
『そうだよ』
「なら、そうなんだろうな」
『でも……ありがとう』


想像していたあんこと玄米の香りはどこへやら、今は甘いチョコレートの香りが鼻腔を蕩かす。
自分でやっておきながら、感謝されるとちょっと擽ったそうに薬研は笑って、私も照れくさくて、湯呑みの中のとけてきた板チョコを見ながら、一緒に作り直そうか、と提案してみる。
と、言っても、私も作り方なんか知らないから不安しかないのだけれど。


「そいつはいいな。大将はほっとちょこれいとの作り方も知っているんだろう?」


そう、嬉しそうに聞いてくる薬研に、残念ながら私もホットチョコレートなんて作れない、と正直に告げると、まあ俺っちがついてるさ、とよりいっそう不安になる答えが返ってきた。


top





×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -