12時の鐘なんて関係ない
中学生ならもう寝てないと怒られる時間、でも今日だけは関係ない。
大晦日の午後11時過ぎ、お母さんに着付けてもらった着物の帯が少しだけ苦しい。
もうそろそろかな。
時計を何度も確認していれば、家のインターホンが鳴った。
着崩れないように、でも、早足で玄関に向かえば、そこで待っていたのは、ダビデと、黒羽先輩だった。


「よ!みょうじ、迎えに来たぜ」
「うい」


ダビデと黒羽先輩は六角中テニス部の仲間だ。
今でこそ男女で別れてしまってはいるが、小学生まではそんなの関係なく、兄に連れていかれたテニスコートで、日が暮れるまで、迎えに来たお母さんに叱られて連れ戻されるまで、無我夢中でボールを追っていた幼馴染。
流石に中学に入って、年上の先輩たちを呼び捨てやあだ名で呼ぶのは、周りの目もあるし、恥ずかしくなって、当たり障りのない呼び方をしているけれど、大切な友達には違いない。


『黒羽先輩、迎えに来ていただいてありがとうございます!』
「……俺は?」
『はいはい、ダビデもありがとう!』
「みょうじ、その着物似合ってるじゃねーか」
『そうですか!?嬉しいです!』
「馬子にも衣装」
『ダビデ何か言った?』
「そろそろ行くか!サエもいっちゃんも亮も剣太郎も首藤ももう向かってるってよ」
「オジイも来るかも」
『はーい!お母さん、行ってくるねー!』


いってらっしゃいの声に背中を押されて、外に出れば、ひんやりとした空気が頬をなでる。
慣れない草履は歩きにくいけれど、歩幅の広いはずの二人が、それとなく合わせてくれている。真っ暗で心細い道も、ダビデのいつものダジャレと、黒羽先輩の力強いツッコミで、足取りも軽くなる。
って、あれ。おかしいな。
初詣のために、神社に集合って話だったと思うんだけど、この道、神社の方角じゃなくない?
神社とは真逆の方向なのに、二人の足取りには一切迷いがない。どういうことだろう。


『あの、黒羽先輩』
「なんだ?」
『神社に向かってるんですよね?』
「ん?あー……」
「バネさんバネたな……ブッ」
「おもしろくねえんだよ、ダビデ!」
「ちょ、バネさん、タンマ!」


思いっきり飛び蹴りが決まった先で、大きく視界が開ける。
ああ、やっぱり。
静かな波の音が耳にひいてはよせて、肺に潮風の懐かしい香りが入り込む。
私たちの、部室だ。
浜に足を踏み入れると、二つの見慣れた後ろ姿がこちらを振り向いた。


「あ、みょうじ!」
「みんな遅いよ!」
『佐伯先輩に葵くん!』
「バネもダビデもみょうじのお迎えご苦労様」
「おう」
「うい」
「みょうじさーん!こっちこっち!みんなも早く!」
「いっちゃんがおしるこ作るって言ってたよ」
「ぜんざいは前菜」
「おしるこだってば……クスクス」
『あれ!亮先輩いつの間に』


音もなく背後から現れて、長い髪を揺らしながら楽しそうに笑ってる亮先輩と目が合って、珍しいものを見つけたと言わんばかりに頭からつま先まで眺められた。


「今さっき。ていうか着物似合ってるじゃん。淳が喜びそう」
『淳先輩帰ってきてるんですか?』
「いや、今年は向こうで過ごすってさ」
「あー!みょうじさん着物着てる!いいなー!ボクも着てくればよかった。モテそうだし!」
「俺たちしかいないのにモテようとしてどうするんだよ、剣太郎」
「もう、サエさんは黙ってて!」
「はいはい。みょうじ、歩きにくくない?俺につかまっててもいいよ」
『えっ、いや、そんな、大丈夫でっ、うぇっ、!?』


余りのイケメンオーラにひるんで、言ったそばから、砂に足をからめとられる。
そのまま前のめりに倒れながら、着物を汚してしまった場合のお母さんへの言い訳を考えるものの、思い描いていた砂とは違う、柔らかい感触に、驚きの声をあげてしまった。


「おいおい、みょうじ、いきなり突っ込んでくるなよ。せっかく買った新作ジュースこぼしちまうところだっただろ」


近くに立っていた首藤先輩にどうやらつっこんでしまったらしい。
よくわからない奇妙なラベルが貼ってあるペットボトルは、先輩の左手にしっかりと掴まれていたが、もう片方に握られていた大きなレジ袋を衝撃で落とさせてしまったようで、慌てて拾い上げて、先輩に差し出す。


『しゅ、首藤先輩……!ごめんなさい、助かりました……!』
「お、おう……?まあ、助かったならよかった」


もう一度頭を下げて、二人で歩き出すと、潮風に乗って甘い香りがふんわりと鼻をくすぐって、部室から、黒羽先輩と、おしるこを作ってくれていた樹先輩が顔を出した。


「首藤〜!蕎麦あったか?」
「スーパーにいっぱいカップ蕎麦並んでたから買ってきた」
「みょうじは年越し蕎麦もう食べました?」
『あ、えっと、まだです!あ、でも先に樹先輩のおしるこ食べたいです!』
「今よそうから待っててほしいのね」
「ゆっくり食べないとぉ〜火傷するよ〜」
『オジイ!オジイも来てくれたんですね!』
「一番のりぃ」
「流石オジイ……」
「まさかずっとここにいたんじゃ……」
「なあ、そういや書初め大会何書くか決めたか?」
「はいはい!ボクは女の子にモテたい!」
「長くない?」
「ていうか剣太郎前もそれじゃなかった?」
「いいじゃん別に!」
「俺はやっぱ為せば成るだな!」
「あ、しらたま5個も入ってる」
「ぜんざいがぜんざいさん」
「だからこれ、おしるこなのね」


いつもと違う時間に、いつもと違う恰好なのに、なんだかいつもと一緒みたい。
なんだかそれが無性に嬉しくて、にやにやしてしまいそうな口元を、お椀で必死に隠す。
気持ちがぽかぽかして、心も体もあったかくて、こんな日がこれからもずっと続けばいいと思う。
飲み干してお椀を片付けようと立ち上がると、ふと、佐伯先輩と目が合った。


「そうだ、俺やってみたいことがあるんだけど、いいかな」


その言葉であちこちで賑やかだった視線がぴたり、佐伯先輩に集まる。


「なになに?」
「クラスの鈴木が言ってたんだけど、年が明けるタイミングでジャンプするんだって」
「空中で新しい年を迎えるってこと?」
「うん、おもしろそうだし、俺たちもやってみようよ」
「はやりものはやりたがる、って、まじでタンマ!バネさん!飛ぶのはまだ早いって!」
「今何時だ?」
「あと3分で年が明けるのね」
「えっ!」
「もうすぐじゃん!みょうじさん行くよ!」
『え、みんな待って!』


草履と足袋を脱ぎ捨てて、みんなが待つ砂浜へと飛び出す。
夜気を含んだ砂は、少し冷たくて、気持ちがぴんとなる。
既にみんな手を取り合っていて、伸ばしてくれたダビデと黒羽先輩の手を急いで掴む。
すぐにカウントダウンが始まって、12時ぴったりに地面を蹴れば、星の海に身体が包まれれた。
あっという間のようで、とても長い時間のようにも感じて。
楽しそうな笑い声がみんなに伝染していく。
12時の鐘が鳴ったって、年が変わったって、きっと、ずっと私たちは変わらないんだ。
今年もみんなで当たり前の日々が、煌めいて感じる1年になりそう、なんて、思わずにいられなかった。



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