一氏くんと十一番目のこと


今日の日直は一氏くんとだった。
本当は金曜日だったらしいけれど、金曜日は四天宝寺華月でのお笑いライブがあったらしく、今日当番の田中くんと代わってもらったようだった。
一日の仕事を終え、あとは日誌だけになり、一生懸命手を動かしているうちに、ふいに視線が気になって見上げると、前の席の人の椅子に腰かけていた一氏くんとばちり目が合った。
えええ、いつの間に……さっきまで黒板消しはたいてたと思ったのに。
何かあった?と問えば、歯切れ悪く、はよ手を動かせと言われた。
ああ、そういえば、一氏くんってモノマネやるんだっけ。
人間観察がクセになってるのかもなあ。
そういえば、私一氏くんのネタって一度も見たことないや。


『一氏くんってさ』
「なんや」
『モノマネが得意なんだっけ』
「まあ、せやな」
『見たことないなって思って』
「は?一度も?」
『あはは、ごめん、同級生なのにね』


ふうん、と何か考えるような仕草をした一氏くんに、怒らせたかな、とびくびくしていると、ふいに立った一氏くんが、にっと笑った。


「ほな、ちょっと見せたるわ」
『えっ』
「せやな、手始めに……」


そう言って、先ほど綺麗にしたのであろう黒板消しを手に取って、黒板の前をぴょんぴょん飛び始めるので首をかしげていると、黒板の上が届かないみょうじの後ろ姿の真似と言い出して、思わず吹き出してしまった。
え、待って、私、そんな間抜けな後ろ姿だった!?
馬鹿にされてたのかもしれないけれど、まさか自分を真似されると思っていなかった分なんだか変にツボってしまって笑っていると、気をよくしたのか、リクエストを聞いてくれるらしい。
身近な先生から友達、なんなら芸能人まで。
なんでもと言うので、応えてもらっていると、ふと、頭に昨日見たドラマのワンシーンが浮かんだ。「恋笑」という笑いあり涙ありきゅんきゅんの今話題の恋愛ドラマで、昨日はちょうど、感動の告白のシーンだった。だから、それが頭に残っていたのだろう。つい口に出たドラマの名前に、一氏くんはすっと表情を無くし、見てないからできん、と言われた。
そっかあ。見てないなら、しょうがないよね。
他に誰ならできるかなあ、ああ、あのお笑い芸人なんてどうだろう、と、次の提案をしようと、一氏くんを見ると、何だか不機嫌そうな表情をしていた。ああ、調子にのりすぎたかな。
謝ろうと、口を開くと、それに覆い被さるように、どんなシーンや、と聞かれる。


『え?』
「だから、どんなシーンやってもらおうと思ったんや」
『え、えっと』


確かドラマでは、ヒロインの頬に触れた手が、その輪郭をなぞるようにすべると、軽く顔を持ち上げて……


『!』
「こんな風にか」


ひとつひとつ口にするたびに、昨日のワンシーンがぴったりと重なって、唇に触れる息がもどかしい。


「好きやで」


重なって見えるのに、声もしゃべり方も仕草も視線も、全部一氏くんのもので。


「そないなこと、冗談でなんて言ってやらん」


見てたんだね、という軽い抗議はすぐに奪われてしまった。


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