救世主のペダル

今日の私は不幸な女だ。
カラカラとむなしくまわる車輪を見ながらため息をつく。
寝坊はするし、星占いは最下位、朝ごはんも食べられなかったし、靴下には穴があいてるし、車に轢かれかけたし、結局遅刻したし、抜き打ちテストで散々な点数は取るし、そのせいで居残りさせられたし、挙句の果てにこれ。私の相棒、通学の供、自転車さまがご臨終なされた。
最悪だ。
そんな時に私の前に現れたのは一人の同級生。


「あー……なんだ、乗ってく?」


同情が顔にまるっと書いてある彼。
そう丸井ブン太が、私にとっての救世主だったのだ。


『丸井、くん』

「丸井でいいって。なんならブンちゃんでもいいぜ」

『いやさすがにそれは』

「つれねーの」


くっくと、笑う振動が彼のお腹にまわした腕にダイレクトに伝わってくる。それが妙に恥ずかしくて……いやそもそも、この現状が恥ずかしすぎる。
二人乗りだなんて、小学生の時、友人の自転車の後ろに乗せてもらった以来だというのに。
腰がひけるたびに、彼は、あぶねーだろぃなんて言って、ぐっと私を引き寄せるのだ。
あまりにも刺激が強すぎる。


『丸井、は、夏季講習どうだった?』

「もれなく居残り」

『ダメじゃん』

「おいおい、それ梓月もだろぃ」

『そうだった』

「ま、俺はでも、居残りのおかげで梓月助けられたし」

『え?』

「感謝しろよぃ」


ああ、そういう。
ちょっと自惚れた自分がうらめしい。そうだった今日の私は不幸な女。
それなのに、頭上に広がる青空は綺麗だし、波の音と遠くから聞こえる電車の走る音はなんだか落ち着くし、自転車が受ける風は丸井のおかげでとても心地よいもので。
太陽の光りできらきらと輝く彼の髪が視界に入る度に、なんだかとても美しいものに触れている気持ちになる。


『本当に救世主かも』

「あー?なんか言った?」

『こういうの、青春って言うのかなあ』

「それ自分で言うのかよぃ」


楽しそうに笑う丸井が、力強くペダルを踏む。
今日が不幸でよかったなんて、ちょっとだけ思った。




リクエスト:丸井ブン太/自転車の2人乗り


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