木陰の下の「 」

お昼のサンドイッチを抱えて、中庭に出る。
夏まっさかり、と言わんばかりの蝉の声は、遠くで鳴る吹奏楽部の音楽に乗せて、まるで生を歌っているかのようだ。
目に入ってくる日差しの眩しさに目を細めながら、木陰にあるベンチにはこの時間なら誰もいないことを知っている俺は、真っ直ぐにそこへと向かう。
息もできないほどに熱された空気も、木陰の下ならそれほどでもない。寧ろ心地よい風が時折ふいてくる。
その一瞬がなんとも心を落ち着かせてくれるのだ。
ベンチに座って、小さく深呼吸をして、俺はお弁当箱を開けた。

ぐう。

後ろの茂みの奥で小さな音が聞こえた。
なんだろう。猫かな。
そう思って、覗き込むと、そこには女生徒と、その彼女に膝枕をしてもらっている……芥川さんがいた。


「って、梓月さんじゃないですか」

『や、やあ、鳳くん』


見られてしまった、なんて言わんばかりの気まずそうな顔をした彼女、梓月さんは、委員会で一緒の先輩だ。
初めての委員会の時、偶然隣に座ってからというものの、何かと話をすることも多くなり、気兼ねなく話ができる先輩の一人だ。
それがどうして芥川さんに膝枕なんかを。
そんな疑問が伝わってしまったのか、梓月さんは仏文学の本を俺に見せる。


『いやあ、それがここで本を読んでたら、寝床を探してたジローくんに見つかっちゃってね。いつの間にか枕にされちゃってたんだ』

「そう、だったんですか」

『おかげで、ご飯も食べれずじまい』


そう言いながら肩をすくめる彼女は、嫌がってる様子もなく、寧ろまんざらでもないように見えた。
それがなんだかとても腹立たしくて、無言で自分のサンドイッチを差し出すが、彼女は首を横に振るばかり。


『ジローくんも食べてないだろうし、そろそろ起こして一緒にご飯食べに行くよ。鳳くんの大事なご飯奪っちゃ申し訳ないし』


そうじゃない。食べてほしいのに。
なんか胸のあたりがもやもやする。


「……仲がいいんですね」


それは自分でも驚くほどに冷たい声だった。
彼女は気づくことなく、そうだね、と笑って言う。


『ジローくんとは幼稚舎からの仲なんだ』

「こういうことも普通にやってるんですか」

『まぁ、たまにね』


そう言いながら、芥川さんの寝顔を見つめる梓月さんはとても幸せそうで、さらに、彼女の柔らかそうな指が愛おしげに彼の髪を撫でるのでかっと頭に血がのぼってしまった。


「俺もして欲しいです」


いつの間にか口からこぼれた言葉は、梓月さんの目を丸くさせるには十分で。
自分がやきもちを焼いていたことに気付くのにも十分すぎるほどだった。
これは、あまりにも。


『あ、えっと』

「な、なんでもないんです、忘れてください!」


ああ、逃げ出してしまいたい。
適当な口実を頭の中でぐるぐると考えたまま、そのまま梓月さんに別れを告げる。
が、しかし、梓月さんに制服のズボンを掴まれてしまい身動きがとれない。
すっかり熱くなってしまった顔を、ゆっくり梓月さんに向けると、そこには耳まで真っ赤になった彼女がいて。


『明日、また、ここで』


そうたどたどしく予想外のことを言うので、あ、だの、う、だの言葉になりきれないはしきれを拾い集めて、いつの間にか、好きだ、と思わず告げてしまっていた。




リクエスト:鳳長太郎/ジローばかりを可愛がる夢主に可愛いヤキモキ


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