財前くんとここからはじまる

ヘッドフォンが壊れた。
数年前、誕生日プレゼントにもらった赤いボディのヘッドフォンは、今や私の大事な勉強のお供だというのに。昨日、うっかりコードに手をひっかけたのがいけなかったのかもしれない。
気に入っていたのにな。
そう思うと、帰り道に寄った電気屋さんで眺めるヘッドフォンたちに、びびびっとくるものがない。同じメーカーと思っても、あまり覚えてないし、そもそも同じものが未だに売っているとも思えず、なんか違うな、とふわふわした気持ちで手にとっては戻すという行動をかれこれ30分くらい繰り返していた。
そもそもヘッドフォンの良し悪しすらわからないし。
そう思いながら、手をそのままスライドさせて、別の商品を手にしようとしたところで、梓月さん、と、私の名前を呼ぶ声が後ろから降ってきた。
驚いて、振り返ると、そこには、私を見下ろす男子学生がいて、ヘッドフォンならこっちのがええで、と、目の前に商品を差し出した。

財前光だ。

財前くんは同じクラスの同級生だ。
喋ったことはあったかどうかすら覚えていない。それに、私はなんだか怖い人だ、と勝手に思っている。
無表情だし、いつもなんかめんどくさそうにしてるし、耳にめっちゃピアス開けてるし。賑やかな人が多い四天宝寺って考えると、その静かさはとても異質に見える。
しかもこの間、四天宝寺花月で、先輩に連れて来られたらしい財前くんの隣に、たまたま座ることになったことがあったが、これがびっくりするほど全く笑わない。それどころか、先輩のステージで絡まれた時に、ほんまうざ、と、ぼそり、呟いた言葉を聞いてしまった。
だから、そんな彼が、まさか私の名前を呼んだことに、二重にびっくりしてしまったのだ。


『え、っと、あの』
「ヘッドフォン探しとったんやろ、それならこれがオススメ。音質めっちゃええし」
『あの!』
「なに?」
『あの、その、なぜ私の名前を?』
「……そらもう半年経っとるし」


寧ろおたくはご存知でない?という視線と共に、今それ聞くか?と言いたげな視線に、はっとして、私はお礼を言いながら、目の前の商品を受け取った。
なんだかよくわからない、気まずい空気が流れて、私は横目で財前くんを見る。
財前くんも同じヘッドフォンを手に取っていたので、本当にこれがオススメなんだろうな、と、ぼんやり考えていたら、ぱちり、財前くんと目が合った。


「なに」
『あ、いや、財前くんもヘッドフォン買いに来たの?』
「おん」
『そうなんだ』


ああ、会話が終わってしまった。
気まずくて逸らした目をまた財前くんに戻してみると、何故か私を見ていたので、思わずもう一度目を逸らす。
わざとらしかっただろうか。
ひやひやとどきどきがまぜこぜだ。


「……いつもは」
『え?』
「いつもはワイヤレスなんやけどな、ちゃんと音楽聞きたい時はヘッドフォン使てる」
『そういえば。財前くんってイヤホンのイメージだよね』
「……」


え、変なこと言っただろうか。
変わらず私を見ているのにぴたりと不自然に止まった会話に、焦って、どういう曲聞いてるの、と慌てて尋ねてみる。


「洋楽」
『え!すごいね!』
「……すごい、かはわからんけど」
『洋楽かあ……そういえば財前くんの英語の発音すごくいいよね』
「……」


あれ、あれ、やっぱり私変なこと言ってしまっただろうか。
じっと私を見据えたまま、またしてもぴたりと会話が止まる。
流石にもう間がもたないと、ギブアップした私は、軽く別れの挨拶をして、会計に向かおうとした。
だが、それはかなわなくて。
掴まれた手首と、財前くんの顔を交互に見て、叫びだしたい気持ちをなんとか抑えて、彼が何か言葉を発するのを待つ。


「……」
『……』
「あー……えっと、」
『……』
「……梓月さんは」
『……』
「どんな曲好き?」


……今、それを聞く雰囲気だっただろうか。
自分でも納得いってないような、妙な顔をしながら、私を見つめてくるので、目を逸らせないまま、息を止めて待った彼の言葉に、小さく息を吐きだす。


『……最近はSUNAASOBIの、「砂をかける」をよく聞いてる、かな』
「SUNAASOBI、」
『うん』
「……俺も好き」


あれ、財前くんって、こんな風に笑うんだ。
ふわっとはにかんだその顔が、私が思っていた印象とあまりにもちぐはぐで、妙に焼き付いてしまったそれは、お気に入りのヘッドフォンへの憂鬱さえ吹き飛ばして、私を悩ませる大きな種火となってしまったのだった。


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