約束を、ひとつ

夢を見た。
久しぶりに訪れたおばあの家の大広間で、ふわり香る潮風に、なんだか気持ちが落ち着いてきて、つい寝てしまっていたらしい。
とても懐かしい記憶だ。
夢の中の景色は、小さい時に駆け回った夏の沖縄で、波の音が心地よく耳に残っている。
汗がほっぺたを伝うのも気にせずに、自分より歩幅が大きな影を、ただひたすら夢中に追いかける。
そして、その影の主である、昔一緒に遊んでくれていた、黒髪の綺麗なねーねが、後ろを振り返って、こう言うのだ。


「うちに来るかー?」


真っ青な空に、太陽のようにまぶしい笑顔が咲いて、私は嬉しくなってそんなねーねに駆け寄って、すごく大切な約束をひとつした気がする。
名前はなんだったっけ。
すごくかわいい名前。
確か、そう、鈴を鳴らした時のような、


『り、ん……』
「おう」


ふいに夢の中に落ちてきた声に引きずられて、薄く目を開ければ、ばちり、私の顔を覗く男の人と目が合って、思わず声にならない悲鳴を上げてしまった。


「おばあ〜、てん起きたやっさー」


親しげにうちのおばあに声をかけたこの男の人は、何故か私の隣に寝そべっていて、再びこちらを見ると、汗で顔に張り付いていた私の髪をかき上げて、うちわで仰ぎ始める。


『え、え?』
「あ?」
『えっと、あの、』
「ぬーがや」
『だ、だれ、ですか』


私の言葉を聞くと、黙り込んだその人は、次の瞬間にはあからさまに不機嫌な顔をして、私の鼻をつまみあげた。
え、なんでなんで、痛い痛い。
私なにか気に障ることでも言っただろうか。私的には今のこの状況が事案なんだけど。


「誰って、やー、でーじわからねーらん?」


信じられない、とでも言いたげな視線を送られても、こんな金髪のいけいけなお兄さん、私は知らない。
懐かし気に、寂しそうに名前を呼ばれても、記憶のどこを探しても、懐かしいこの人は出てこない。
黙り込んでいると、大きな大きなため息が聞こえた。


「凛」
『え?』
「やーもさっきそう呼んだやしが」
『リ、ン?』


まるで鈴の音みたいな。
目を逸らせないように、覆いかぶさって、記憶を探るように見つめてくる彼の背中越しに、真っ青な空が見えた気がして、思わず、夢の中で会ったあの人の名前を呼ぶ。
いや、そんなはずはない。
だって、凛ねーねは、黒い綺麗な髪の女の子で、そんな、そんなこと、あるわけない。
あるはずないのに、名前を呼んだ瞬間、あまりにもまぶしく笑うから、もしかして、なんて思ってしまって、あの時した約束を今になって、思い出す。


「やーっぱり、ねーねだと思い込んでたやさ」


むき出しになったおでこに、デコピンをくらってひるんだ瞬間、いつの間にか彼の腕の中にいた。
どうやら、逃がす気はないみたいだ。
それはそれは満足げに、迎えに来た、なんて言われてしまった。


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