very very …… chocolate

朝ごはん?
朝練があるんだから、ちゃんと食べたに決まってる。
昼ごはん?
そんなの早弁して、すでに弁当箱は空っぽ。購買で買ったお菓子と、ジャッカルからぱくった唐揚げが、今日の昼飯。
もちろんおやつも食べた。
でも、それでも、満たされなくて、部活前の腹ごしらえ、と廊下を歩いていた時、ふと、甘い香りがして、思わず足を止めたのは、家庭科室だった。
ドアからそっと覗くと、よりいっそう甘い香りがたちこめて、ああ、これ、チョコレートか、と、納得する。
そういえばもうすぐバレンタインだったっけ。
周りの女子も男子も浮き足立ってるのはそのせいか。
俺も弟たちになんか作ってやんねーと。
なんて思いながら、ああでもないこうでもないと、ボウルと格闘をしている女子生徒を見ていると、ふと振り返ったそいつと、ばちり、目が合った。


『げっ丸井先輩!?』

「なーんだ、誰かと思ったら梓月かよぃ」


驚いた顔で固まったのは、他でもない、男子テニス部のマネージャーの梓月だった。
なんでこいつがこんなところに。
遠慮なく、家庭科室に入り込むと、梓月は数歩後ずさった。


「ていうか、げっとはなんだ、げっとは」

『べ、別に』


もごもごと言いよどみながら、心底居心地が悪そうに、さっきまで抱えていたボウルや、ラッピング用の箱を後ろ手に隠して、早く出てけ、という視線を送ってくる。
ははあ?なるほど、これは、


「もしかして、本命ってヤツ?」


びくり、と肩を震わせた梓月は、ぎこちない笑みで、そんなわけないじゃないですか、なんて誤魔化し始める。……あーあ、ビンゴ。


『これは、本命とかじゃなくって……て、テニス部の先輩たちに、日ごろの感謝をこめて、あげようと思っただけですから!そんな、本命だなんて、冗談も大概に』

「じゃあ、ちょうだい」

『……は?』

「だってそれ、俺のも入ってんだろぃ?」

『そっ、そうですけど、まだちゃんと出来てなくて、』

「後ろにあるやつ、1個できてんじゃん」

『こ、これは違くて、』

「何が違うんだよ」

『……』

「ほら、早く、あーんって」

『あーん!?ちょっと、丸井先輩!!』

「早くしろって」


云々と唸りながら、それでも観念したかのように、梓月は、かわいらしい赤の箱に収められていた、チョコレートを一つ掴むと、おそるおそる、俺の前に差し出した。
少し潤んだ瞳が、懇願するように、じっと俺を待つ。
いっこうに口を開けない俺にしびれを切らしたのか、つられて、あー、ん、と開きかけたその唇に、今が好機と、チョコを持つ手を引き寄せて、ぼやけた視界のまま、上唇を食む。
発したかったであろう言葉は、舌で絡め取って、さも名残惜しいと言わんばかりに、ゆっくりと離した唇は、そのまま、梓月と俺の体温で溶けたチョコレートへ寄せる。


「ん、ごちそうさま」


顔を真っ赤にして、あ、だの、う、だの、未だ言葉を紡ぎだせない梓月に、思わず口の端が上がったが、気付かれないように、そっと手のひらで覆う。
かすかに香る、あの、チョコレートの香りに、思わずくらくらした。
誤魔化すように背を向けて、ドアに手をかけると、小さく、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「……本命、ちゃんとわたせるといいな」


振り返りもせずに、その言葉と共に梓月を残して、家庭科室を出ると、それはそれは深いため息を吐く。
ああこんなの、


「だっせえなあ……」


その呟きは、自分でも思っている以上に自嘲的で、それがなんだか、とてつもなく滑稽に思えた。
やっぱり、満たされは、しない。
もう一度だけ、小さくため息を吐くと、漸く部室へと足を向けた。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -