嗚呼、地獄
そう告げられた、あの日が、自分にとって人生最大の最悪の日となるだろうと確信した。
梓月さんは同じクラスの女性だ。
たまたま隣の席になったことがきっかけになり、よく話すようになった。彼女を意識し始めたのは丁度この頃。梓月さんは誰にでも優しく接し、ただ少しおっちょこちょいな面もある、普通の女性。
でも、その普通がよかった。安心できた。おっちょこちょいなところが可愛かった。
教科書を忘れて、机を引っ付けて自分の教科書を見せるたびに、自分と梓月さんの距離は縮まっているのだと、そう思っていたのに。
『あのね、私好きな人ができたの』
梓月さんは、頬を赤らめて、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに自分に告げた。
嗚呼、なんて最悪な日なのだろう!
『野球部の中村くん。柳生くんにだけ教えとくね』
正直、お似合いだと思った。
野球部の中村くんとは2年の時同じクラスだった。だから彼を知っている。知っている上で、お似合いだと思った。
私はただ、そうですか、としか梓月さんに言ってあげられなかった。
間もなくして、席替えが行われ梓月さんとは離れてしまった。
そして、風の噂で、梓月さんと中村くんが付き合い始めたことを知った。
あの人生最大の最悪な日から何年が経ったのだろう。
遠く離れて行った、梓月さんが、今目の前にいる。白いドレスを身にまとった彼女はとてもきれいだった。きれいだったから、そのままを告げると、彼女はにっこりと笑った。
『今日は来てくれないかと思ってた。来てくれてありがとう』
見届けてね。
その言葉に、ただ頷くしかできない自分の情けなさたるや!
あの日が人生最大の最悪な日であるならば、今日は人生最大の地獄の日だ。彼女は、あの時のように、頬を赤らめて、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに中村くんに寄り添っている。
嗚呼、地獄。